第19話 爆発

 夕方に刑事に扮装したゴードン少佐がやってきて、その報せをもたらした。

 イースト・ポンド・パークで爆発。市民一名が重体。――被害者の名前は、ヒュー・ハーヴェイ・モリス。明日の朝刊にはそのように載るが、事実は異なる。

箝口令かんこうれいが敷かれているので表には出ないが、複数の目撃情報がある〉

 部下を傷つけられた少佐の目には強い怒りの炎が燃えていた。

〈モリス氏は、黒い長髪の男性に近づいていった後に突然吹き飛ばされたそうだ。オリヴィアさん、何か心当たりがありますかな?〉

 理市の隣で、オリヴィアが息を呑む音がした。

〈マナセだわ〉

 少年の名はマナセ、オリヴィアの仲間だった。完全適合人間パーフェクトリー・アダプテッド、略称PA。オリヴィアの仲間内でただ一人、体内に移植された異界鉱ミステライトと完璧に適合した人間。

 異界鉱ミステライト入りの武器でないと傷つけることすらできない身体を持ち、異界鉱ミステライト入りの武器を持たなくても、衝撃波で攻撃することができる人間。黒く艶やかな髪は生まれつきではなく、生来の金髪が異界鉱ミステライト焼けで染まったものらしい。

〈すごーい〉聡介が眼鏡を光らせる。〈まるでモンスターじゃないですかぁ〉

〈マナセはモンスターなんかじゃありません!〉

 オリヴィアが叫んだ。

〈マナセは優しい子です。実戦に出るのを拒んで、ずっと引きこもっていました。異界鉱ミステライトを持たない敵を、適合人間アダプテッドの力で殺すのは嫌だって〉

〈しかし、現にモリス氏は被害に遭っているわけだが〉

〈信じられません。マナセが一般市民のヒューさんを傷つけるなんて……どうして……〉

 聡介がちらりと理市を視た。オリヴィアはいまだヒューやリコの正体を知らないままだ。軽く首を振ると、聡介は理解してくれたらしくうんうんと小さく頷いた。

〈ヒューさんは、どこに入院しているんですか? 私、ヒューさんに会いたいです〉

 オリヴィアの訴えに、少佐はひとつ咳払いをした。

〈……そうですな、モリス氏が搬送されたフレイドン中央病院は、この王立研究所のすぐ隣です。裏門から出入りすれば人目につかず面会に行けるでしょう。病院には私から話をつけておきますので〉

 本来軍務中の負傷者は陸軍病院に搬送されるはずだが、ヒューは一般市民ということになっているため、フレイドン中央病院に運ばれたのだろう。

〈ありがとうございます。……刑事さんは、もう面会に行かれたんですか?〉

 理市の問いかけに、ゴードン少佐はきつく眉根を寄せた。

〈予断を許さない状況とのことです。いますぐ行ってあげるのがよろしいでしょう。でも、くれぐれも気をつけて〉

 少佐が立ち去った。理市の胸に、重いものが沈む。

「僕はお留守番しときまぁす」聡介が言った。「万一お二人が帰って来なかったら、軍に連絡しなきゃですもんねぇ」

「せやな。頼む」

 理市の表情も険しかった。ヒューはおしなべて気に入らないやつだが、曲がりなりにも一年偽の夫婦を演じ続けた相棒だ。胸中には彼を傷つけられた怒りと、ひとりにしてしまった自責の念と、失うかもしれない不安とが激しく渦巻く。

「リコさんは、大丈夫なんでしょうか……」

 オリヴィアだけが、何も知らなかった。


***


 ヒューは点滴に繋がれて、蒼白な顔でベッドの上に横たわっていた。頭に包帯が巻かれ、頬にも白い絆創膏が貼られている。医師の説明によると、火傷はないが全身に無数の切り傷を負っていて、出血がひどかったらしい。異界鉱ミステライトの衝撃波だと理市も確信を強めた。いつも飄々として理市をからかっていた相棒の痛々しい姿を直視できず、足下に視線を落とす。

「あの、理市さんは、ヒューさんのお友達……なんですよね」

 オリヴィアがおずおずと口を開いた。

「ヒューさんとはどうやって、お知り合いになったんですか?」

 理市はしばし考えた。軍の同僚だとは言えない。嘘をつくのは下手だから、言える範囲で本当のことを探す。

「……こいつは神原語かみつはらごが得意やろ。俺がこっちに転属になったときに軍の紹介で知り合うてから、いろいろ面倒見てもろたんや」

「恩人、なんですね」

「せやな」

 そうだ、ヒューも理市にとって大切な恩人だ。記憶を辿ると、いつもヒューは笑顔で理市を見守ってくれていたことに気づく。

 膝の上で固めた拳の上に涙が落ちる。われながら驚いた。オリヴィアの前で泣いてしまったことが情けなくて、荒っぽく目をこする。

「……すまん。泣きたいのはオリヴィアのほうやな。護衛の俺がこんなんではあかん」

「いえ……」

「帰ろうか。ここにおっても、俺らにできることはなんもないし」

 オリヴィアは頷いた。彼女も、友人がヒューを傷つけたことに大きな衝撃を受けているようだった。病棟を出るまで、二人は一言も喋らなかった。

 裏門の外で、誰かが待っている。

〈見つけた、オリヴィア。きっとここに来ると思ってた〉

 夕日の逆光が、彼の肩越しに強く輝く。長い黒髪の人影は、理市よりずっと背が高かった。彼がヒューを傷つけた少年、マナセだ。

 身を縮めるオリヴィアの一歩前に立ち、理市は異界刀いかいとうの柄に手をかけた。

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