第19話 爆発
夕方に刑事に扮装したゴードン少佐がやってきて、その報せをもたらした。
イースト・ポンド・パークで爆発。市民一名が重体。――被害者の名前は、ヒュー・ハーヴェイ・モリス。明日の朝刊にはそのように載るが、事実は異なる。
〈
部下を傷つけられた少佐の目には強い怒りの炎が燃えていた。
〈モリス氏は、黒い長髪の男性に近づいていった後に突然吹き飛ばされたそうだ。オリヴィアさん、何か心当たりがありますかな?〉
理市の隣で、オリヴィアが息を呑む音がした。
〈マナセだわ〉
少年の名はマナセ、オリヴィアの仲間だった。
〈すごーい〉聡介が眼鏡を光らせる。〈まるでモンスターじゃないですかぁ〉
〈マナセはモンスターなんかじゃありません!〉
オリヴィアが叫んだ。
〈マナセは優しい子です。実戦に出るのを拒んで、ずっと引きこもっていました。
〈しかし、現にモリス氏は被害に遭っているわけだが〉
〈信じられません。マナセが一般市民のヒューさんを傷つけるなんて……どうして……〉
聡介がちらりと理市を視た。オリヴィアはいまだヒューやリコの正体を知らないままだ。軽く首を振ると、聡介は理解してくれたらしくうんうんと小さく頷いた。
〈ヒューさんは、どこに入院しているんですか? 私、ヒューさんに会いたいです〉
オリヴィアの訴えに、少佐はひとつ咳払いをした。
〈……そうですな、モリス氏が搬送されたフレイドン中央病院は、この王立研究所のすぐ隣です。裏門から出入りすれば人目につかず面会に行けるでしょう。病院には私から話をつけておきますので〉
本来軍務中の負傷者は陸軍病院に搬送されるはずだが、ヒューは一般市民ということになっているため、フレイドン中央病院に運ばれたのだろう。
〈ありがとうございます。……刑事さんは、もう面会に行かれたんですか?〉
理市の問いかけに、ゴードン少佐はきつく眉根を寄せた。
〈予断を許さない状況とのことです。いますぐ行ってあげるのがよろしいでしょう。でも、くれぐれも気をつけて〉
少佐が立ち去った。理市の胸に、重いものが沈む。
「僕はお留守番しときまぁす」聡介が言った。「万一お二人が帰って来なかったら、軍に連絡しなきゃですもんねぇ」
「せやな。頼む」
理市の表情も険しかった。ヒューはおしなべて気に入らないやつだが、曲がりなりにも一年偽の夫婦を演じ続けた相棒だ。胸中には彼を傷つけられた怒りと、ひとりにしてしまった自責の念と、失うかもしれない不安とが激しく渦巻く。
「リコさんは、大丈夫なんでしょうか……」
オリヴィアだけが、何も知らなかった。
***
ヒューは点滴に繋がれて、蒼白な顔でベッドの上に横たわっていた。頭に包帯が巻かれ、頬にも白い絆創膏が貼られている。医師の説明によると、火傷はないが全身に無数の切り傷を負っていて、出血がひどかったらしい。
「あの、理市さんは、ヒューさんのお友達……なんですよね」
オリヴィアがおずおずと口を開いた。
「ヒューさんとはどうやって、お知り合いになったんですか?」
理市はしばし考えた。軍の同僚だとは言えない。嘘をつくのは下手だから、言える範囲で本当のことを探す。
「……こいつは
「恩人、なんですね」
「せやな」
そうだ、ヒューも理市にとって大切な恩人だ。記憶を辿ると、いつもヒューは笑顔で理市を見守ってくれていたことに気づく。
膝の上で固めた拳の上に涙が落ちる。われながら驚いた。オリヴィアの前で泣いてしまったことが情けなくて、荒っぽく目をこする。
「……すまん。泣きたいのはオリヴィアのほうやな。護衛の俺がこんなんではあかん」
「いえ……」
「帰ろうか。ここにおっても、俺らにできることはなんもないし」
オリヴィアは頷いた。彼女も、友人がヒューを傷つけたことに大きな衝撃を受けているようだった。病棟を出るまで、二人は一言も喋らなかった。
裏門の外で、誰かが待っている。
〈見つけた、オリヴィア。きっとここに来ると思ってた〉
夕日の逆光が、彼の肩越しに強く輝く。長い黒髪の人影は、理市よりずっと背が高かった。彼がヒューを傷つけた少年、マナセだ。
身を縮めるオリヴィアの一歩前に立ち、理市は
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます