第15話 解く
「ここが王立研究所から借りてるフロアでぇす! 一番奥が僕の生活スペースでぇ、その手前二つがお客さん用の部屋、残りが僕に与えられた研究室でぇす!」
レグラスが聡介にかける期待がいかほどのものかがよく分かる。聡介がレグラス軍諜報部へ介入することを許したのも、イルグリムの軍事機密を探りたい
三つ並んだ研究室の奥に、優秀な科学者が住み込みで研究に打ち込めるよう整備された居住スペースがある。来訪者を迎えるためのゲストルームもあって、そこにオリヴィアが寝泊まりすることになっている。レグラスの粋を凝らした調度品は、神原では帝城か財閥の当主家にでも行かなければ決してお目にかかれないような高級品ばかりで、備え付けてあるベッドはモリス家のシングルベッドの二倍の広さだ。
「こんな……すごいお部屋に、泊めてもらっていいんでしょうか」
「タダじゃありませんよぉ! 僕の研究に協力してもらう見返りだと思ってくださーい!」
協力とは何なのか。怯えて身体を硬直させるオリヴィアの代わりに、理市が灰色の瞳をぎらつかせて凄んだ。
「オリヴィアさんは協力者で、実験対象やないです。十分な配慮をお願いできますか」
「もももも、もちろんですよぉ! 質問に答えたり、ちょっとした身体テストを受けてもらったり、無理のない範囲で協力してくれればオッケーでぇす」
先日リコとして引きずり倒したのが功を奏したらしく、聡介はすっかり理市にたじたじだ。それでいい。オリヴィアが嫌がることは、絶対にさせない。
「オリヒメさんはこっちのゲストルーム、ヒコボシさんはひとつ手前の談話室を使ってくださぁい。ソファーしかないですけど、結構寝心地いいですよぉ」
うんと頷きかけて、はたと止まる。
「……ヒコボシさん、とは?」
「だってこっちがオリヒメさんだからぁ、あなたがヒコボシさんでしょ!」
何が面白いのか、聡介はひとりでけらけら笑っている。
オリヴィアの「織姫」はともかく、突然彦星に喩えられた理市は一瞬言葉に詰まってしまった。「なんでやねん、名前に『彦』すらついてへんわ」くらい思ったのは少し遅れてからのことで、言い返すには遅すぎた。
「……ちなみに、ヒューさんのことは、なんて呼んでるんですか?」
「んー」オリヴィアの問いかけに、聡介は少し考えてから答えた。「ヒゲのおじさん?」
「そのまんまやないか」
今度は絶妙の間だった。オリヴィアがくすくすと笑い出すのを見て、理市も強張った頬が緩むのに気づく。
「それじゃ、今日はごゆっくり! 僕はこれから、オリヒメさんに何をしてもらうか計画立ててきまぁす!」
隣の部屋に行くだけなのに、聡介は大げさに手を振って出て行った。
「……おかしな奴やな」
「はい」
聡介には変な仇名をつけられてしまったが、オリヴィアの緊張を解くにはちょうどよかったらしい。
「私も、ヒコボシさんにお会いしたかったです。オリヒメなので」
「なんや、恥ずかしいわ」
「嫌ですか?」
理市はかゆくもない頭をかいた。
「……ま、別にええけど」
オリヴィアがにっこりと顔をほころばせた。理市はそっぽを向いたままわざと鞘を鳴らす。
「遊びに来たんちゃうで。仕事や仕事」
「はい。私を守ってくださるんですよね?」
宝石のような赤い瞳がきらきらしている。
またもオリヴィアを騙しているような気がしてならない。聡介が言った通り、もともと王立研究所の警備は非常に厳重だ。それなのにわざわざ理市が護衛として来たのはヒューが手を回したからだ。そして、理市自身もそれを望んだ。
「せやで。俺はオリヴィアを守るために来た」
命に代えてでも、オリヴィアを守る。もう辰巳宮のときのような失敗はしない。その覚悟は本物だが、それだけではない。
オリヴィアの傍にいたい。――リコ・モリスではなく、本来の自分、
軍人としては不純な動機だろう。己の中に芽生え始めた感情を、理市はまだ直視できないでいる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます