第13話 流しそうめん

 オリヴィアのことを、もう疑う必要はなかった。異界鉱を見ることのできる人物が、彼女の言葉を裏付けてくれるからだ。

 それでも、リコはオリヴィアの話が嘘であってほしいと思った。握り締めた拳が震える。

「私の身体には、異界鉱ミステライトが埋め込まれています」

 耳を疑うような話だった。イルグリムは人間の限界を超えた最強の兵士を作るために、成長期を迎える前の子どもに異界鉱の移植手術を施しているというのである。

 オリヴィアも、両肘と両膝、股関節に異界鉱ミステライトが埋め込まれているらしい。異界鉱ミステライトが発する未知の力は、心臓が動くたびに血液に乗って全身を駆け巡る。動かなくても、ただ生きているだけで異界鉱ミステライトを身につけて使っている状態――オリヴィアの異界鉱ミステライト焼けがひどいのは、そのせいに違いなかった。

「そんなことをして……人体に害はないのか?」

 さしものヒューも真剣な眼差しを向ける。この問いには聡介そうすけが答えた。

「世界各国が医療用として研究してるって聞いたことはありまぁす。例えば車椅子の人や寝たきりの老人が、異界鉱ミステライトの人工関節で歩けるようになったら素敵ですよねぇ? でも、現状では臨床どころか動物実験すらクリアできてないはずですけどねぇ」

 オリヴィアは静かに頷く。

「私たちは、その実験体兼兵士です。イルグリム軍は、害のあるなしを確認するのが面倒くさいんだと思います。……『適合人間アダプテッド』っていうのは、異界鉱に適合アダプトできた人間、っていう意味です。確かに、適合人間アダプテッドの仲間には完全に適合アダプトできている人もいますけど、ほとんど全員が何らかの発作に苦しんでいます。私は時々ひどい頭痛の発作があるけれど、まだましな方です。あまりにも異界鉱ミステライトが身体に合わなかった子たちは、そのまま、……」

 皆が押し黙った。特にリコ――理市は、一言でも言葉を発したら、女装していることも忘れて叫び出してしまいそうだった。

 もし運命が少し違っていたなら、親を亡くし世界の最果ての国に売られ、被験体にされたのは理市だったかもしれない。適合アダプトできたところで、ただの殺戮兵器として扱われるだけだ。そこに幸福はない。

 何の罪もない哀れな子どもが、狂気じみた実験の犠牲になっている。許せない、絶対に。

 うつむいていたオリヴィアが顔を上げた。その表情は、なぜか晴れ晴れとしていた。

「いままで隠していて、ごめんなさい。親切なリコさんやヒューさんに隠し事をしているのが、ずっとつらくて……『適合人間アダプテッド』だって見抜かれて、もう隠しきれないと思いました。皆さんのご迷惑にならないうちに、どこかへ行きます。いままでお世話になりました」

 深々とお辞儀をした後、オリヴィアは客間を出ようとする。

 反射的にその手を掴んで引き留めたのは、リコだった。

「……だめ、そんなの、だめよ」

 どうにか心を抑えて、リコの声を絞り出す。

「絶対に、ひとりになんてさせない。あなたはもう、私たちの家族だもの」

「リコさん」

 情報源を引き留めるための口実ではなかった。心の底から出た言葉だ。オリヴィアの瞳がみるみるうちに潤み、透明な雫をこぼした。

「ありがとうございます。嬉しいです、本当に嬉しい……。でも、やっぱりここにはいられません。私がここにいたら、いつかイルグリムから追っ手が来るかもしれませんから」

「それなら、いい考えがありますよぉ」

 だしぬけに聡介が言った。

「僕に協力するっていう名目でレグラス軍に保護してもらうんですよぉ。僕、レグラス王立研究所に部屋をいくつか貸してもらってるんでぇ、そこで寝泊まりできまぁす! 研究所は警備もバッチリだし、綺麗だし、何より僕のすごい発明品がありまぁす!」

 発明品とは何だろう。異界鉱ミステライト探知レンズよりもすごいものなのだろうか。

「そうめんをゲーム感覚で楽しく食べられる『流しそうめん機』とかぁ、お湯を入れて三分待てば食べられるようになる『インスタントソーメン』とかぁ、あ、僕そうめん大好きなんですよぉ、『聡介』と『そうめん』って似てるじゃないですかぁ?」

 知らんがな、と突っ込みたくなったのは恐らく大砂加に生まれたリコの性である。

「それは、意外と悪くない考えかもしれないぞ」

 ヒューも賛成した。

「でも、オリヴィアちゃん一人で行かせるのは心配だな。僕にもちょうどレグラス軍人の知り合いがいる。僕からも話をして、どうにか護衛を回してもらおう」

 なぜかヒューはリコのほうを見てウィンクした。

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