第12話 門番

 聡介そうすけの眼鏡の奥で、好奇の眼差しが爛々らんらんと輝く。見つめられたオリヴィアの真紅の瞳は、怯えて震えている。

「ねえ君、いろいろお話を聞かせてくれないかなぁ! 僕の専門分野は――うえっ!?」

 みなまで言う前に、リコは聡介の襟首をひっつかんで階段を下り、そのまま強引に客間へ引きずり込んだ。ヒューも一緒についてくる。ドアを閉めるや否や、怒りに任せて叫んだ。

「何考えてんねん! いきなり女子の寝室に乗り込む奴がおるか、ドアホ!」

 かつらの髪が盛大に乱れた。少しばかり乱暴すぎたかもしれない。床に投げ倒された聡介は、ずれた眼鏡を直しながらよろよろと起き上がった。立ち上がると、意外と背の高い男だった。

「いたたた……あ、僕は仲妻聡介なかつまそうすけっていうんですけど、もう知ってますよねぇ?」

「帝大から来た留学生で、異界鉱ミステライトに詳しいんやろ」

「その通りでぇす。よろしくお願いしまぁす!」

 聡介はヘラヘラ笑って右手を差し出した。またおかしな奴が来た。いちいち語尾が伸びるのがリコのかんに障る。それでも、これから同僚になる男だ。渋々その手を握り返した。

「ソースケ君、まずは僕らの質問に答えてもらいたいな」

 ヒューが割って入る。

「君はどうして、真っ先に二階に上がったんだい?」

 リコも同じ疑問を持っていた。聡介の行動は奇妙だった。まるで初めからオリヴィアが二階にいることを見抜いていたかのようだ。

 よくぞ聞いてくれましたとばかりに、聡介はニヤリと笑う。

「これのおかげでぇす!」

 そう言って分厚い眼鏡を取ってみせた。その瞳の菫色すみれいろがはっきりと認識できた。リコは密かに驚いた。聡介は目鼻立ちがはっきりとしていて、彫像のように整っている。金髪の髪と相まって、まるで神話の美青年のようではないか。

 聡介は再び眼鏡をかけて、その美しい顔を隠した。

「僕は子どものときから近眼がひどくってぇ、この眼鏡がないと歩くのも無理無理無理無理ーって感じなんですよねぇ。眼鏡のおかげで普通に生活できてるんですけどぉ、でもただ物が見えるだけの眼鏡じゃつまらないじゃないですかぁ?」

「は?」

 つまるもつまらないも、眼鏡とは、物が見えるようになるための道具ではないのか。

「だから僕、ちょっと改造したんですよねぇ! せっかくなら、異界鉱ミステライトが出すエネルギーに反応するようになればいいなーって思って。この異界鉱ミステライト入りのレンズを使えば、異界鉱ミステライトがある場所が分かるんですよぉ! 当ててみせましょうかぁ? このおうちの照明はオール異界鉱ミステライトですし、隣の部屋に、何か隠してますよねぇ……反応が強いから、武器かなぁ? 奥のほうにある弱めの反応は、キッチンとお風呂ですかぁ?」

 ワオ、と声を上げたのはヒューだった。全部当たりだ。隣の衣装部屋には理市の異界刀が隠してあるし、キッチンと風呂場には異界鉱ミステライトを使用した熱源がある。

異界鉱ミステライト焼けは分かります? 僕の髪と目がこんな色なのは、もう十年以上もこの眼鏡で物を見てるせいですねぇ。異界鉱ミステライトを『身につけて』『使う』、これが異界鉱ミステライト焼けが進行する原因でぇす」

 確かに、眼鏡はかけている間中使っているものだ。腰に下げて、戦うときに抜くだけの異界刀いかいとうとは使用頻度が全然違う。

「カミツハラは、そんなすごい技術を持っていたのか。……まさか、ソースケ君が一人で発明したのか?」

「はい。夏休みの自由研究で作ったんですけどぉ、政府の偉い人がいっぱい来て大騒ぎになっちゃってぇ」

「ジユウ、ケンキュウ?」

神原かみつはらではポピュラーな、中学校の宿題でぇす! 十年前に那羅県ならけん異界鉱ミステライトの鉱脈が見つかったときも、僕の『異界鉱ミステライト探知レンズ』を使ったらしいですよぉ。よかったですねぇ!」

 リコもヒューも唖然とした。俊英どころか、とんでもない大天才ではないか。

「……せやけど、二階には異界鉱ミステライト入りのもんは置いてないはずやで」

 すると、聡介は意外そうに目をぱちくりさせた。

「あれあれあれあれぇ? もしかして、気づいてなかったんですかぁ?」

 つかの間意味を図りかねて、リコは言葉に詰まる。

 ――もしかして。

 ある仮説がリコの脳裏に閃いたのと、客間のドアをノックする音が聞こえたのはほとんど同時だった。聡介がまた、口角を吊り上げる。

 ヒューがドアを開けると、オリヴィアが立っていた。

「お話聞かせてくれる気になったのかなぁ、『適合人間アダプテッド』さん?」

 聡介の問いに、オリヴィアは固い表情で頷いた。


***


 応答せよ、応答せよ。切迫した声が無線機の向こうから聞こえる。答える者は、もういない。

 土煙と火薬の匂いに、いくらか錆の匂いが交じる。床に拡がった赤い血だまりを踏みしめて、少年は呟いた。赤い足跡が、建物の外まで続く。

〈ここは、違った〉

 敵地だというのに、誰も少年を止めようとしない。正門の真ん中を歩く彼の、長い黒髪が悠々と揺れる。門番は恐怖に目を見開いたまま事切れていた。

〈あなたがたの銃がなら、殺さなかった。ごめん〉

 少年はしゃがみ込んで、その瞼を閉じてやり、また歩き出した。

 レグラス王国陸軍フレイドン第三駐屯地、全滅。

 その報せがペリントン商会に届くのは、翌日のことだった。

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