第11話 飴色
〈よかったなリイチ君。カミツハラからこっちにもう一人派遣されるらしい。君のお仲間だ〉
仕事から帰宅したヒューがすらすらと神原国からの伝達内容を伝えてくれた。彼にとっては異国の言葉なのに、恐ろしい記憶力だ。ヒューがただの歩兵だったという話はやはり嘘で、スパイとして選び抜かれた精鋭だったのだろうと
新しい仲間の名前は
〈学生? 陸軍の軍人ちゃうんか〉
第一報を聞いたとき、理市は新たな仲間の登場を喜ぶ気にはなれなかった。理市は軍人として、任務遂行のために一命を
〈若いけど、
ヒューのようには、理市は楽観的にはなれない。
着任は明日。急に予定が前倒しになったらしい。本人はすでにレグラスに到着しており、軍が用意したホテルで待機している状態だ。予定が早まった理由については、ヒューも聞かされなかった。
〈明日、僕がここにソースケ君とやらを連れてくるよ。オリヴィアにはよろしく伝えておいてくれ。……ああ、僕たちの設定については、ソースケ君も知ってるんだって〉
それを聞いて理市はますます表情を曇らせた。
〈おや、ご機嫌ななめだね、リイチ君?〉
〈……別に〉
〈いいじゃないか、君は女装してるって最初っから知ってくれてるほうが、気が楽だろ?〉
ヒューは笑ったが、理市の不機嫌の理由はそこではなかった。
いくらヒューが卓抜した頭脳の持ち主でも、正確に伝達内容を暗記して帰るのはそれなりに消耗する仕事だろう。かたや理市の仕事は、それをリコの姿で聞くだけなのだ。何もしていないに等しい。神原国から仲間が来るのは、理市が成果を挙げられないことに業を煮やしたためなのではないかと考えてしまう。
〈以上で報告は終わりだ。はー、疲れた。お酒飲んでいい?〉
一応、ヒューは理市の部下である。けれども理市が許可を与える必要もないし、ヒューもまた得る必要がないことを知っている。
飴色のウィスキーが注がれたグラスは、一つだけだった。
***
翌朝、いつも通り化粧をして、リコの姿になる。
理市は何度もため息をついた。初めから自分を男だと知っている相手に、女装して会うなんて我ながら滑稽だ。オリヴィアがいなければ、こんな猿芝居をする必要はないのに。――よぎった考えを、理市は強いて思考の外に締め出した。
オリヴィアには、朝食の際に来客があることを話した。寝室から出ないようにと伝えると、オリヴィアは素直に頷いた。
「ごめんなさい。もしお客さんに私の姿を見られたら、ヒューさんやリコさんも変に思われちゃいますもんね」
「そうじゃないの。あなたはなるべく、よその人に見られないほうがいいと思うの。あなたがここにいること、どこから話が伝わるか分からないでしょ? こないだ街へ軍人さんに会いに行ったのも、本当は危ないことなのよ」
余計な一言をつけ足してしまった。オリヴィアはうなだれて、また小さく頷く。
「……もう、理市さんには会わないほうがいいですよね」
罪悪感で胸の底が重くなる。同時にオリヴィアに対する愛しさも増した。できることなら、
リコは階段を上るオリヴィアの背を何も言えずに見送った後、食卓で頭を抱えた。自ら匿うと決めたオリヴィアを重荷に感じるなんて情けない。
(あかん。今日は新人との顔合わせや、余計なことは考えんとこ)
気を紛らわすには、家事をするに限る。まずは朝食で使った食器の片付け、そして客間や廊下の掃除。そうこうしているうちに時間が経ち、ヒューの〈ただいま〉が聞こえた。「新人」を連れて戻ってきたのだ。
新人は
「ソースケ君、こちらがリコさん……」
ヒューが紹介しようとした矢先、彼は急に天井を凝視して言った。
「お邪魔しまぁす!」
「ちょっと、君……」
自己紹介もろくにせず、家主であるヒューの許可も得ず、勝手に階段を駆け上がっていく。あまりに唐突だったせいで、リコも一瞬反応が遅れた。後を追うが間に合わない。
まずい、二階の寝室にいるオリヴィアのことは、まだ誰にも話していないのに。
寝室のドアは施錠されていなかった。オリヴィアを見つけた「ソースケ君」は、興奮した様子で言う。
「君、『
ベッドの上で、読んでいた本から視線を上げたオリヴィアが目を見開いた。
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