六日目

腐って落ちた息子の下顎を、ただ見ていることしかできずにいる。

もう、縫い合わせられない。

もう、縫い合わせられない。

もう、縫い合わせられない。


さっきからコバエが五、六匹ほど、息子の周りを飛んでいる。いつから虫が集るようになったのだろう。


やっぱり、死体は死体だ。

腐って原型をとどめなくなっていく。


これはもう、息子ではない。


そう思うと、急に吐き気がしてきた。

胸がつかえ、息が苦しくなってくる。

目の前の、既に息子ではないが発する、強烈なにおい。鼻が耐えられない。つい数時間前まで平気だったのに。



息子が死んだばかりのそのときに、普通に弔ってあげるべきだった。

でも、そのときは受け入れられなくて。

死体であっても、まだ一緒にいたくて。

ただ、一緒に過ごせる時間を先延ばしにしたくて。


その私の我が儘のせいで、息子の亡骸をぐちゃぐちゃにしてしまった。


私のせいだ。

全部、私のせいだ。


ごめんなさい。

謝って済まされるわけじゃないけど。

ごめんなさい。

ごめんなさい。

ごめんなさい。

ごめんなさい。

ごめんなさい。



時間の感覚がわからない。気がつくと、もう何日間も経ったように思えた。けど、死体の腐敗具合からすると、実際は数時間しか経過していないのだろう。


いまからでも葬儀屋に連絡して、ちゃんとお別れすることにしよう。

結局、冷静になるしかないのだ。


いっそ狂ってしまいたかった。


狂うものだと思っていた。


案外、まともに戻ってしまう。


中途半端な自分の心理に、どうしようもなく腹が立つ。



連絡すると、すぐに葬儀屋は来てくれて、息子の死体を回収し、通夜と葬式のプランを立ててくれた。

警察沙汰になるかもしれないと思っていたが、意外にそんなことはなかった。余計なことを言わないでおいたからだ。

それに、残念ながら私は嘘をついた。死体の発見が遅れたことにしたのだ。そのことについて葬儀屋は、深く聞いてこなかった。


私と同じように、我が子の死を簡単には受け入れられず、生前と同じように関わろうとする親は、わりと多いのかもしれない。

そして葬儀屋も、そのことに慣れていて、なんとなく察してくれたのかもしれない。警察が絡んでくると息子の葬式に出られなくなるかもしれないから、黙っていてくれるのかもしれない。死因を見分ける目をもっていて、息子が殺されたわけではないことを、見抜いてくれたのかもしれない。



風呂場が汚れている。

とても自分で掃除する気にはなれない。

葬式のあとで、業者に頼もう…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

息子の死体 岩山角三 @pipopopipo777

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ