花筏をめざして

第19話 『花筏をめざして』

「お師匠さまあ、これはどこに置きましょう?」

この日、黄昏屋は風通しも兼ね店内の一斉清掃を行っていた。店舗後ろにあるだだっ広い庭にある物干し竿に箪笥に仕舞い込まれていた洋服を干したり、日陰では着物を干して湿気を飛ばしたり。普段のんびりしている店主ですら忙しなく動き回る大忙しの日である。手足があって物を運べる妖はそんな店主 鴇を手伝うため、鴇の指示の元あちらこちら。

そんな妖たちを尻目に古参たちはのんびり酒盛り…少しは手伝ってくれればよいものを、と鴇は毎回思っている。

「お師匠さま、こちらは…?」

弟子が持ってきたのは木製のレトロなジュエリーボックス。中にはコロンと二つ色も柄も全く異なるキャビネットノブが入っている。一つはパンプキン型の藍白色に瑠璃紺色の花柄が描かれ、もう一つは苔色のパンプキン型に金属の金具が付けられたシンプルなものだ。

「ああ、これは縁側に置いておくとしよう。蓋を開けて日向ぼっこだ。君たちも、なかなかお目当てのひとには会えないねぇ」

鴇が二つのキャビネットノブを指でつつくとノブたちは同意と示すように鴇がつついた方角と真逆にコロンと一回転。鴇はそんな彼らを眺めて縁側に腰を下ろした。

「君も私に引っ付いていないでここで彼らと日向ぼっこでもしたらどうかな。今日は特に気持ちがいい晴れだよ」

鴇は胸元から桐の小箱を取り出し、金青のシルクを開く。中には冷たい蒼が眠っている。鴇の言葉に蒼い鱗はきらりと光って見せた。

「おや、気を遣ってくれるのかい、ありがとう。私も少し休憩だ。みんな並んで日向ぼっこしよう」

縁側に寝転び耳を澄ますとがらんとした店内で忙しなく動く妖たちの足音や普段声を潜めている者たちの声がする。年に数回季節が巡るごとに行うこの風通しデーは普段あまり触れ合えないモノとも触れ合える大事な日なのである。

「もうっ!お師匠さまったらそんな所に寝転んで!お着物に変な皺がついてしまいますよ」

瞼を開ければむすっとした顔をした弟子が僕を見下ろしている。

「君も少し休憩しないか。気持ちがいいぞここは。良い風が入る」

「そう思ってお茶とお茶菓子持ってきました」

と小さな胸を大きく張る弟子は鴇の隣に座り湯呑に茶を注ぐ。良い香りの茶葉だ。

「うんまい。茶を淹れるのも大分板についてきたんじゃないか」

「ふふ、この前コクリ堂のおじいちゃまにも褒めて頂きました」

自分手のひらサイズの饅頭を頬張りながら嬉しげに報告をする。そんな弟子の頭を乱雑に撫でれば弟子はこれまた嬉しそうに笑うのだ。

「あ、お師匠さま、蛙です。ほらあそこ。綺麗ですね」

弟子はもぐもぐと口の中をパンパンに膨らませながら指を指す。そこには見たことのある白い色をした蛙が庭を跳ねている。

「…」

蛙のすぐ隣で陰干し中の長襦袢に目をやれば白紋綸子の柄が、蛙柄がひとつ逃げ出している。

「本当に毎度毎度やんちゃなんだから…ほら戻りなさい!君はすぐ迷子になるんだから」

甘い饅頭を急いで平らげて虫取り網片手に駆け出す鴇を面白がって追いかける妖たち。そんな小さな百鬼夜行を弟子は大変だなあと縁側で眺めているのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る