第18話 絵葉書の中で夢を見る-後編⑭終-

鳶に摘ままれ絵葉書の中に戻された女はどんな言葉にも反応しなかった。言い返す気力すら持ち合わせていないようだ。鳶の手で絵葉書は元居た額縁に戻され、きっちり封もされた。これで漸く。

「めでたしめでたし、だな」

「お前さんら、昼餉はどうするんだ」

食っていくかと爺に聞かれたが先に帰した弟子がきっと四人分の用意をして待っていることだろう。

「いいや、今日のところは帰ります。また今度今回の御礼も兼ねて弟子と共に参ります」

爺はそうかと手を振って私たちに背を向けた。家守はそんな爺の後に続いて店の奥に引っ込んでいった。

「帰ろうか、鳶」

「疲れた~飯ィ~」

「ほらお前さんも帰りますよ。店で昼餉を食った後、支払の話をしなくちゃいけませんからね」

依頼主もくうっと小さく腹の虫を鳴らして共にコクリ堂を後にする。今回の依頼もなかなかに頭を悩ませた逸品だったなァ。


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 夢を見ている。羽毛に包まれたようなぬくもりと柔らかさが私を包んでいる。ふわふわと海中を漂う水草のようでひらひらと枝葉から舞い落ちる紅葉のようでもある。そんな不安定な揺り籠の中で私はいま、もう叶う事すらなくなった夢を見ている。


「待ってください、そんなに駆けては…」

「でもお前、こんなに気持ちの良い天気なのだ。お前とこの景色を楽しみたいじゃないか」

いつも絵葉書越しに見ていた美しい世界を、あなたと笑い合いながら駆けている。いつも私の額縁を優しく撫でていた指は私の長い髪を掬い、いつも額縁を抱き締めてくれていた逞しい腕は私の華奢な身体を包み込んでくれる。嗚呼、なんて。なんて…。

「なんて美しい夢なのかしら」

青々とした木々の隙間から見上げた太陽は眩しくて思わず目を閉じてしまう。瞬きをして、見つめなおした先のあなたが心配げに駆け寄ってくる。

「大事ないか。少し暑さにやられたか?ほら木陰に入ろう。大事な身体なのだから」

あなたはそう言って私の腹を撫でて私を木陰に誘う。なんて、なんて幸せなのだろう。

これが醒めなければ良いのに。永遠に、とこしえに。そうすれば、いつまでも大好きなあなたと共に生きられるのに。ゆらゆら、ひらひら。私の意識は遠くなる。不安定な揺り籠の中、私は夢を見る。


絵葉書の中で、当分醒めない夢を見る。


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