第4話 絵葉書の中で夢を見る-前編②-

《その店はこの街の外れにある。黄昏屋という骨董店だ。そこならアンタのその困り事をどうにかしてくれるだろうさ》

――そこでなら僕の願いを叶えてくれるんですね?

《骨董品にまつわる厄介事を解決してくれる店だ。その困り事の解決がアンタの願いっつうんなら間違ってはいねぇだろうが。いいかい、そこの店主は…》


「……俺の店はなんだった?」

「…………骨董品の困り事を、解決してくれる店」

「そうだ。骨董品で困った時は黄昏屋へ、が謳い文句でな。幽霊・妖・神隠しあたりの類で普段の生活では到底持て余す品を引き受け、行くべき場所へ辿り着けるよう手配している。」

煙管を置いて店主は男の顔をまじまじと眺めた。

「さて、俺の店がなにか理解出来たところで話し合いとしようか。」

「話し合い、ですか」

「そう、まずは依頼主と依頼内容の確認だ。お前さんの依頼は絵葉書の女の素顔がみたい。そして絵葉書の女の依頼は男の願いを叶えたい…で相違ないか?」

「相違、ありません…」

「お前もないか」

店主は額縁越しに私に問うてくる。私が小さく頷いたのを見て男は僅かに顔を顰める。

「では、対価の話に移ろうか。対価、つまり今回の依頼での支払いだな。金でしか支払えない者には金で支払って貰うが……今回はそういう案件ではない。俺が何を望むか分かるか?」

「……分かりたく、ありません」

「なら分かっているんだな。絵葉書の女への要求はこの店に暫く滞在する事だ」

男は眉間の皺をより深くし、拳を握る。あんなに強く握っては爪が掌に刺さってしまうだろうに。

「お前さんへは、そうさな。依頼が完了した後に伝えるとしよう。依頼をこなす為には準備が必要だ。1時間後また此処に来い。額縁は置いていけ」

店主はそう言って男を店から追い出した。きっかり1時間後に、と言い付けて。

「…お師匠様、あんな嫌味な言い方をして。帰っていらっしゃらなかったら一体どうするおつもりなんです」

店の奥で片付けをしていたらしい幼子が襖を開けて顔を覗かせた。

「帰ってくるだろうよ、このお嬢さんが大事ならば。それより、」

「それより!お師匠様ったら格好つけて“俺”だなんて言っちゃって!すみません、お姉さん。お師匠様は悪戯心満載の少年みたいな事をしちゃう御人なんです」

「悪戯心なんて誰の心にもあるものだろうよ。それより、アレは何処だったかな」

「アレじゃあ、なんにも分かりませんよ。なんです?」

「ほらついこの前この店に来た…」

「虚の方舟*²ですね」

「それそれ。アレ何処に仕舞ったっけ」

「仕舞ったも何も、店の1番薄暗い所がいいと強請られて片目がない招き猫に頭下げて席を譲って貰ったばかりじゃないですが」

「そうだったそうだった。いやぁ、あの時は久しぶりにちびるかと思ったね。あの招き猫、怒らすと怖いったらありゃしない」

「お師匠様の顔、強ばってましたもんね…」

「その虚の方舟、中には今誰も住んでなかったよね?」

「未居住ですよ、確か」

「じゃあ、そこにお嬢さんは入って頂こう」

「入居希望者がいるって伝えてきますね」

「そうしておくれ、ついでに招き猫の兄さんにこれを渡してきてくれるかい?席を譲って貰った対価なんだ」

店主は背もたれにしていた薬品棚の1番上から何やら取り出し、幼子に手渡した。それをじっと眺めていると。

「気になるかい?あれはね、マタタビだよ」

あれを酒に溶かして呑むのが好きらしくてね。と店主は男と対峙していた時の鋭さを無くし、にこやかに笑って見せた。本来の店主はこういった男なのだろうか?いや、そもそも性別すら私には分からないのだけれど。

店主は額縁の中で佇む私にそっと近付くと、小さく息を吐いた。

「さて、約束の時間まであと僅かだが…心の準備は出来たかい?」

ゴーンと店内の古時計が鳴る。古びた戸を叩く音がする。

「さて、お前さん方。今回の依頼を始めようか」


*¹黄昏屋(たそがれや)

*² 虚の方舟(うろのはこぶね)

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