第2話 彼

 月に一度最も闇が薄れ、藍色に輝く日。散らばった星屑がゆっくりゆっくりと沈み、珊瑚に降り注ぐ、鱗に反射してイルミネーションさながらキラキラとあたりを照らす。そんなふうにして、とある男の掌に舞い降りあたためていく、そんな夜がやってきた。

 彼にとって、空は手の届くところから向こう側。水中だろうと空は空だった。たった一度だけ水中を離れた彼に空は恐ろしいほどに広いものだった。


 君の涙が空から降ってくる、こんな小さな湖に来るのはきっとあの子だけだと僕は思う。光が差し込む向こう側、君がいるから水面がまだあるって信じられる。そして、君はまだ僕を想ってくれている、と思っていてもいいだろうか。 

 このたった1滴だけは色も形も温度も違う。そう思いたいだけなのかもしれないけれど、ここに僕しかいないのだから、それが正しいのだろう。何にも染まらない滲まない君の涙、あの時と同じように大きな瞳を潤ませて、俯いているのか。そうやってかわらない君だから、きっと僕のところには来られないのだろう。

 鏡のような満月の夜。また君の長い髪と青く瞬く瞳が見に行きたい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る