水底の彼と虚な私

藍錆 薫衣

第1話 私

 水底に貴方がいてくれるなら、月に飛び込んで会いに行けたなら



 誰もが寝静まった頃、葉の擦れる音、鈴虫の鳴き声、それしか聞こえないようなこの場所でひとりの少女が月に一度決まった時間にやってくる。この湖の真ん中に満月が映し出された時水底の声が聞こえる、と…。彼女はいつかに知ったそれを信じている、いや信じられずにはいられないのだ。星が散りばめられたようにきらきらと揺れる柳の下で彼女は今宵も水底を追い求めている。



 この湖の中に、向こう側に貴方がいるような気がする。貴方の声はたった一度だけ、あの時以来聞けずにいる。せめて、私の声が少しでも届いているといいのだけれど…。

 きっと貴方がこちらに手を伸ばしてくれるから、だからこうやって水面は揺らぐ。夜風だ、水滴だとみんなは言うかもしれないけれど。そんなのロマンチックの欠片もないじゃない。この夜風は悪戯に私の心を水面をふさぶるためではない。あの時もいつも、私を慰めているように優しく撫でるように柔らかかった。

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