【第1話】 ユメのセカイの迷い人
~~~~1 深い眠りに…… ~~~~
24:00頃。周りの家の電気も消えて、街灯だけが外の世界を光で照らしている。
いつもだったらすでに寝ているが、今日は宿題やらなんやらがたくさんあったせいで、寝るのが遅くなってしまった。
僕は歯を磨き、寝る前に少し体を動かした後、ベッドに横になった。
疲れていたせいか、横になってすぐにまぶたが重くなり、身体の力が抜けて行った。それはまるで、雲の上でフワフワと浮かぶような感覚だった。
「(今日はなんだか……、よく寝れそうだな……)」
僕は不思議な感覚にそのまま身を預け、深い眠りについた……。
~~~~2 不思議な世界 ~~~~
ぽかぽかと、身体が暖かくなっていく。まるで、太陽に照らされるように。
この包まれるような温かさを感じながら、ゴロゴロと寝返りをした。
この時、僕はある異変に気付いた。ベッドのシートの触り心地がいつもと違って、チクチクしていたことに。
寝る前は普段と同じだったのにどうしたのだろう?
そう思った僕は、まぶたを開き、確認する。
「……!? なんだこれ?」
僕が見たものは、見慣れたはずのベッド……ではなく、芝生だった。
僕はすぐに上を向いた。そこにはあるはずの天井はなく、雲一つない真っ青なら空が広がっていた。
「えっと……、どういうことだ……?」
訳が分からない状況に、僕は困惑しながらも、立ち上がって周りを見渡した。
見渡す範囲で見えるのは、木、木、木だった。何本もの木が生えており、道と言えるようなものもなく、整備されていない森のようだった。
もちろん、家なんかはないし、街灯なんかもない。僕の家の見る影もなかった。
「これ、いったいどうすれば……」
ガサッ…ガサッ…
どこからか、芝生を踏む音が聞こえた。これは、僕が出している音ではなく、僕以外のだれかが、こちらに近づいてきているようだった。
僕は、ゴクリと唾を飲み込み、周りを注意深く観察した。
この近づいてきているなにかが、人であるかは分からないし、むしろ、何かの動物である可能性の方が高い。いざと言う時には、逃げれるようにしておかないと。
ガサッ…ガサッ…
ガサァ……。
「(……止まった?)」
音のする方に向き合いながら、いつでも後ろに逃げれるように準備をした。が、出てくる直前で止まってしまった。
そのまま出てくることはなく、他の場所に移動したらしき音もせず、その場にそっと立ち止まっているようだった。
……こうなってしまった以上、自分で見るほかに方法がない。逃げようとして後ろを見せたとたんに襲われても怖いし……。なにが隠れているのか気になるし……。
勇気を出して、隠れている何かに近づき、くさっぱをかき分けた。
そこには……何もいなかった。
「あれ? なにもいな……」
「……ここだよぉ?」
「(ビクッ!)」
まるでホラー映画の演出のような、耳をゾワリと撫でるような低音の声が、後ろから聞こえてきた。僕はすぐさま草っぱの方へと倒れ、尻込みをしながらも声のする方を向いた。
そこにいたのは、顔を隠せるほど伸びた黒髪をしている女性……ではなく、くすくすと笑いながらこちらを見る、金色の髪をした少女だった。
~~~~3 不思議な少女 ~~~~
「にゃはは! 驚いたかな、少年。そんなに怖がってくれるなら、声をつくったかいがあるっていうもんだね。ほれ、手を貸してあげよう」
先ほど出した声とはちがう、明るめな声をだす。差し伸べられた手を掴み、僕は立ち上がった。そして、バクバクとなる心臓を落ち着かせるために、深呼吸をした。
「い、いったい何者なんですか!?」
声も出せるくらい呼吸が整ってきたのと同時に、今、二番目くらいに気になっている質問をした。ちなみに一番は、ここがどこなのか。
「えっと、名前を言えばいいんだよね? なら、言わせてもらおう。ナシの名前は神無。この《魔法のユメセカイ》に住む、いたって普通の夢魔さ」
「《魔法のユメセカイ》……? 夢魔……?」
僕が聞いたこともないような、聞きなれないような単語が出てきた。
夢魔っていうのは、どこかで聞いたことがある気がしたけど……、どんなものなのかは覚えていない。なーんか、やばいやつであった気はするんだけど……。
「む、君には聞きなれない言葉だったか。ま、ナシの名前以外に君が今、覚えておくことは一つだけだよ」
「ここは忘れられない夢が集う場所、夢悔空。つまり君は、夢の世界に連れてこられてしまった、ということだけ覚えておけばいいよ」
彼女の話を聞いた僕は、ポカンと口を開け、ポケーっとしていた。
夢の世界……? 忘れられない夢が集う場所? 僕はなぜ、こんなところに来てしまったんだろうか? 全く身に覚えがないし、自分に忘れられない夢なんてないはずなのに。なぜ、こんなところに来たんだ?
……というか、彼女の発言の中に気になるものがあった。
「あの……、ちょっといいですか?」
「なにか?」
「《ユメセカイ》とか、夢魔とかって、この世界の人たちは全員知ってるものなんですか?」
「んー、、まぁ、大体の人は知ってると思うよ、特に、
「……じゃあ、もう一つ聞かせてください」
「『君には聞きなれない』って言ってましたけど、どうして僕が聞いたことがないことを知ってたんですか?」
「…………」
神無と言う名の少女は、僕の最後の言葉を聞いたのを境に、左に目を背けながら黙ってしまった。やっぱりお前が犯人か。
こんなに深そうな森の中で、ピンポイントで人に会うなんておかしいとは思っていた。それに、知らない人に対して驚かしてくるなんて、普通ありえないだろうし。
……まぁ、いないとは断言しませんけど。
「あのー……、神無さん?」
このまま知らんぷりされたままだと埒が明かない。彼女に声をかけ、気にしていないということを伝えようとした。が、
「コッホン。ミドリくん、失礼したね。いったんこの話は置いといて、ちょっとついてきてくれないかな?」
「……僕の名前も知ってるんですね」
「だぁかぁらぁ、この話は置いといて、ナシについてこい! ……じゃないと、置いてくからね?」
彼女はそそくさと、自分が出てきた方向へと歩いていこうとした。その直前に、こちらの方を振り返った。
「……ちなみにだけど、この辺は結構迷いやすいし、夜になると怖ーいお化けに襲われちゃうかもしれないね? でも、ついてこないならしょうがないね? 朝になったら、骨ぐらいは拾っておいてあげるからね?」
彼女は歩いて行ってしまう。僕はぽつんと取り残される。
「…………」
「……。ちょっとー! 待ってください神無さーん! 僕もついていきますから! さっきのことは、謝りますからぁー!!」
心にも思っていない謝罪を大きな声でしながら、神無さんの後ろを追っていくことにした。
~~~~4 夢悔空 ~~~~
神無さんのいう目的地に着くまでの間、僕はこの世界について神無さんに聞いた。
神無さんがいうには、夢悔空とは、いくつもの忘れられない夢が《ユメセカイ》という形で存在しており、一つ一つが世界を構築しているらしい。
例えば、今僕がいる《魔法のユメセカイ》は、誰かが魔法の存在を夢見たことで生じた世界で、魔法が存在していて、魔法使いが居たり、魔法で経済が回っているらしい。
他にも、様々な花が咲いていて、春夏秋冬それぞれが楽しめる《花のユメセカイ》、人間とは別に、魔族などが住む《多種族のユメセカイ》、龍が国を治めている《龍の住むユメセカイ》など、たくさんの世界があるとのこと。
名の通り、夢が広がる世界なんだなと感じた。
あと、夢魔という存在について聞いた。最初に聞いた時、彼女は茶化すように、
「夢魔っていうのはね、サキュバスのことなんだよ? つ、ま、り、君の精気を吸いに来たというわけさァァー!」
と言っていたが、実際は違うらしい。いや、夢魔っていう言葉の意味としては、サキュバスとかインキュバスっていうのが正解らしいけど、この夢悔空では別の存在のことを意味してると言っていた。
それは、特別な能力を持った存在であるということ。それに加えて、寿命がないらしい。寿命がないと聞いたとき、神無さんの年齢を聞こうとしたが、
「……君はレディに対して年齢を聞くつもり? ……全く、キミは少し女心と言うものを知った方がいいと思うよ? それでも知りたいなら、外見から察してくれな」
と言っていた。ちなみにその後、数えてないけど3桁以上はあるよ、とぼそっと耳元で囁いた。あなたも女心というものを知った方がいいと思います。というか、外見じゃ絶対察せないやつですよね? とも思った。
話が少しそれたけど、今度は特別な能力について話そうと思う。
神無さんの身近な人の能力で言うと、『心を操る能力』、『変化を操る能力』、『反転させる能力』などなど、とても物騒な能力が多かったりするらしい。
ただ、一般人に対して能力を使うことはほとんどないらしいし、よほど怒らせたりしないと危険性はないと言っていた。
「あ、そうそう。言ってなかったけど、今向かっているところは夢魔が集まる場所だから、粗相のないようにね」
そういうことは行く前に言ってほしい……。
そう思いながらも、僕は彼女についていくのでした……。
~~~~5 魔法の街 ~~~~
しばらく歩いていると森を抜けて、石で舗装された道に出た。それからその道に沿って歩いていくと、だんだんと建造物が見えるようになり、ついにはその数が多くなり、街にたどり着いた。
街の様子は僕の知るようなものではなく、家の外見はまるで子供のおもちゃのようで、本当に違う世界に来てしまったんだなと言うことを僕は改めて感じた。
神無さんと一緒に街道の端を歩きながら、がやがやと聞こえてくる声や、人混みを避けながら進んでいく。
魔法のユメセカイという名の通り、魔法を使う人もいた。食べ歩きの店を経営しているらしき男性は、小さな種火を大きな炎に増長させ、周りの人に魅せるように料理をしていた。
道行く人たちを見てみると、黒を基調とした全く同じローブを着た人が数多くいた。
ただ、首元付近の紐の色や、服の内側の色が違ったり、首にかけていたとんがり帽子のリボンの色が違ったり……、よく見てみると違う部分も多かった。
「ちょっといいですか、神無さん。あの人たちの服装なんですけど……」
「あぁ、あれ? あれは魔法学校の制服だね。今日は学校は休みだし、別に着る必要はないはずなんだけど、好んで着る学生も結構いるみたいだねー」
「色合いがちょっと違ったりしますけど、なにか意味でもあるんですか?」
「学年だね。確か今年は……緑が1年、赤が2年、青が3年だったかな。毎年色がずれるから、覚えるのも大変だねぇ」
つまり、今年は緑が1年生だけど、来年は2年生が緑になって、青が3年生になるっていうことだと思う。
「そうそう。ちなみにだけど、卒業した人達が制服のローブを着るのは禁止されてるね。ま、紛らわしいからね。」
なんかそれってもったいない気がしますけど……。仕方がないか。もしその服を着て事件でも起きたら、その学年の人たちが疑われてしまうと思いますし。
このような話をした後も街の外観を見つつ、不思議な感覚を感じながらも、歩みを進めた。
~~~~6 喫茶ヴァルプルギス ~~~~
だんだんと人混みも少なくなっていき、街の活気があまり感じられない場所へとたどり着く。治安が悪そうな場所、というわけではなく、ただ、街の中心から離れたという感じだった。
突然、神無さんが足を止めて、とある家の前で立ち止まった。
「ほい、ミドリ君。目的地に到着したよ」
「ここに連れてきたかったんですか?」
その家は何やらお店をやっているらしく、ドアには“OPEN”というドアプレートが掛けられていた。また、ドアの少し横辺りには立て看板が置いてあり、そこには直筆と思われる文字でこう書かれていた。
【喫茶ヴァルプルギスへようこそ!】
「……ここって、喫茶店ですか?」
「そう! ナシが住ませてもらっている場所なんだけど、ここで君のこれからについて話そうと思ってね」
「これからって……まるで僕が元の世界に帰れないみたいな言い方ですね?」
「…………(にっこり!)」
あ、そういうことだったか。何となく予測はしてたけど……、やっぱり僕、元の世界に戻れないんですかね?
……まぁ別に、今のところ嫌ではないですけど。
「まぁまぁ、そこらの話は店に入ってからで――」
神無さんは僕に話をしながら、喫茶店のドアを開けた。すると、シャリンシャリンとドアベルの音が鳴る。そして、僕らの目に入ってきたのは、二人の少女が向かい合って、今にもケンカを始めそうな光景だった。
二人の少女はこちらの方に目だけを向けた。神無さんは、「こいつら何してんだ?」と言わんばかりの表情を浮かべ、口を少し開けていた。
「二人とも……何してんの?」
神無さんは思った通りの言葉を言った。
すると二人は、振り上げていた拳を下ろし、体をこちらに向けた。
二人の少女のうちの一人、肩辺りまで髪の伸びた、紫髪の少女が、何やらムカムカした態度をしながら、口を開いた。
「何してる? じゃぁありませんよ! どこかの誰かさんのせいで、私は飲酒禁止になって! それのせいでケンカになったんですよ? さぁ神無さん! 謝ってくれませんか!? そして今すぐ禁酒解除してください!!」
「あー……そういえば、二週間前ぐらい前に約束したんだっけ? しりとり負けたら事件が起こるまで飲酒禁止」
「そうです、それですよ! 卑怯者!」
「卑怯者って……」
「私を酔わせて正常な判断ができなくして、そうやって勝利した卑怯者です!」
「いや、その罠にハマったそっちが悪いと思うんだけど……。というか、あの時のお前は『みゃぁしょうがにゃいですにぇぇ。じけんにゃんてしゅぐおきましゅよぉぉぉ! うっぷ……』って言ってたしねぇ。同意のうえでやったことだし……」
「くぅぅぅっ!! じゃ、じゃあ、このまま葉月さんを殴ってもいいんですね!?」
「別にいいけど? 返り討ちに会うだけだろうし」
「ああああぁぁもう!!?」
……話についていけないんですが。この気が動転していそうな人はいったい……?
というか、今どういう状況なんだ? なんで僕、ここにいるんだろう……?
「いったん落ち着こっか、コイン。落ち着いてこっちを見て」
神無さんがそう言うと、僕は紫髪の少女たちの前に出された。
「……? 誰です、この女の子は?」
……彼女は、少し考えるそぶりをした後、「はっ!」と言って、思いついた回答を答え始めた。
「なるほど……そういうことですか! これは事件ですよね!? 良くないですよ、神無さん。誘拐は立派な犯罪です。一緒に警察に行きましょうか! 私、いい刑務所知っているので!」
歯が見えるくらいの満面の笑みを浮かべる彼女に対して、神無さんはさすがに反論した。
「誘拐じゃないから!! この人は、外の世界からやってきた普通の人間! 誘拐じゃないから!」
いや、こっちの身からしたら誘拐なんですけど?
「この際どっちでもいいです。どちらにせよ事件は起きたんですから! 禁酒解除です! おつかれさまでしたー、ですよ!」
彼女はそう言うと、喫茶のカウンター席に座り、お店の人と思われる白髪ロングの少女に注文をした。
「さぁ、キンキンに冷えたビールでも……」
「ビールは扱っていませんからね!」
「……わかっていますよ。じゃ、コーヒーでも……」
いじけたようにコーヒーを頼む紫髪の少女。これにて一件落着したみたいだった。
ただ、置いてけぼりにされていた僕はこの後どうしたらいいのか迷っていると、
「外の世界から来たんだってねぇ……名前はなんて言うの?」
先ほど、紫髪の少女とケンカしようとしていたもう一人の少女、薄緑髪で白衣のようなものを着た少女が話しかけてきた。
「えっと……ミドリです。茶山 翠」
「へぇ~、ミドリちゃんか~。私の名前は
「あ、はい! よろしくお願いします。あと、一つ言いたいことがあるんですけど……、僕、男ですからね?」
先ほどから勘違いされていたようだけど、僕は男だ。よく、容姿や声からは女の子だと勘違いされるので、すぐに反論はしなかったけれど……。
「えっ!? 男だったんですか?」
紫髪の少女はカウンター席に座ったまま、こちらの方に身体を向け、頭の上から足の先までじーっと見てきた。
「……どこからどう見ても女の子だと思うのですが? 外の世界にも、こんな人間がいるんですね……」
「そういえば、自己紹介がまだでしたね。私の名はコイン。コイン・エクセレンチアです。以後、お見知りおきを」
先ほどまでとは違い、とても冷静な態度で接してきたので、一瞬中身が変わったのかな? とも思ったけれど、これが彼女の本来の姿なのだろうなと思った。
お酒ってこわい……。
コインさんが自己紹介をしている間に、白髪の店員が彼女にコーヒーを差し出した。出し終えるとカウンターから出て神無さんの方へと近づき、耳元で小声でなにかを言っているようだった。
「(あの……師匠。外の世界から連れてきたって言ってましたけど……、帰れるんですか?)」
「(……どうだと思う?)」
「(その一言で何となく察しました……。じゃあ、ミドリさんはこれからどうするつもりなんでしょうか? ……あ、あともう一つ気になったことがあるんですけど……)」
「(なに?)」
「(まさか師匠がミドリさんをこの世界に連れてきたわけではないですよね? あくまで、たまたま迷い込んでしまっただけで……)」
「…………(にっこり!)」
「(師匠……)」
白髪の店員さんは神無さんと会話しているとき、何やら苦笑いを浮かべていたが、どのような話をしているのだろうか?
二人の会話が終わると、白髪の店員さんはこちらの方を向いた。
「えっと……ミドリさん。ミドリさんの状況は何となく理解しました。うちの師匠がすいません……」
「……師匠? 神無さんが師匠って……」
「あっ、私にいろいろなことを教えてくれた師匠なんですけど……、ちょっと変なところがあって……。いい夢魔ではあるんですけどね!」
「あはは……」と笑いながらそう話す白髪の少女。そんな彼女を見ていると、なぜだか心がぽかぽかとしていく。……なぜかは分からないけれど。
「ミドリさん。よければですけど、部屋は空いているので、帰る方法が見つかるまでうちに泊まっていきませんか? うちの師匠が迷惑をかけたみたいですし……」
なぜだか、彼女の背には天使の翼のようなものが見える気がする……。本物の天使かな? 先ほどよりも心がぽかぽかしてくる。まるで、心が開かれていくように。
まるで心が操られているように。
「あっ、あの、えっと……その提案はありがたいんですけど、まずは神無さんに話を聞いてみないと分からないので……。まだ、なんで僕がこの世界に来てしまったのかを知らないから……。すいません、えっーと……」
「ハルツです。ハルツ・ヴァルプルギス。この喫茶店のオーナーです。よろしくお願いしますね!」
「よろしくお願いします、ハルツさん!」
とっても優しい人だなぁ……。……ん? そういえば人なのか? いやでも、神無さんがここにつく前に夢魔がたくさんいる場所に行くって言ってたし……夢魔か。
~~~~7 迷い込んだ理由 ~~~~
僕と神無さんは、喫茶店内にある小さな丸テーブルと椅子二つの席に座り、対面しながら話を始めた。
「で、どうして僕はこの世界に来てしまったんですか?」
「いやぁーこれには深いわけがあってねぇ~……」
明らかに言いたくなさそうに目をそらす。だけど、僕たちはそれを許さない。
「師匠! 言い訳はナシですよ!」
「どうせロクでもないことでもしていたんですよね?」
「カミくん。素直になった方がいいと思うよぉ~?」
僕の後ろには、つい先ほど知り合ったばかりの強い仲間たちがいる。神無さんが自白するのも時間の問題だろう。
「はぁぁ、もう! 言えばいいんでしょ言えば! 実はこんなことがあったんだよ……」
―――三日前のこと………
神無さんのもとに電話がかかってきたんですよ。
「はい、もしもし――」
「ふっふっふっ、ついに完成したぞ! かみぃ!」
「……皐月。今何時かわかってる? こんな朝早くに起こして何の用?」
「例のブツが完成したんだよ! ようやく成功したんだ! ……まさかこの天才の私がここまで苦労させられるとは思っていなかったよ……」
「……御託はいいから、そのブツをナシに見せに来て」
「いや、お前がこっちにこい!」
そして、神無さんはそのブツを取りに行ったわけなんですよ。
そのブツって言うのは、外の世界と夢の世界の縁を繋ぐモノだったんだよね。
それでね、神無さんは皐月に聞いたわけなんですよ。
「これ、ちゃんと機能するんだよね?」
「当たり前だろ! 私が作ったんだから。行きと帰りもバッチリなはずだ! ま、残念ながら、向こうの世界からこちらの世界に連れてくるということしかできないがな」
「……ようするに、ナシたちが向こうの世界に行くことはできないってことでしょ?」
「まだ情報が足りないからな。だが、これを使って現実世界と夢の世界がどのように繋がっているのかを観測できれば、私なら余裕で逆のこともできるようになるだろう!」
「ふーーん……」
神無さんはね、ぶっちゃけ皐月さんのことを信頼してなかったんです。仲がいい友達ではあるんだけど、その分問題も起こすし、適当なところもあるから毎回変なところで失敗するし……まぁ、慢心がなければ完璧なんだけどね。
だからナシは、ちょっと試してみようと思ったわけなんです。
「これ本当に使えるのか試してみていい?」
「別にいいが、壊すなよ?」
「ういー」
―――そして時は戻り現在……
「結果的に言うと、皐月の作ったアイテムが原因です! よってナシは何にも悪くないんだよねぇ……」
と、目をそらしながら気まずそうに申しておりました。悪気は感じているみたい。
「ん~……皐月の作ったものなんか信用したカミくんも悪いと思うよ? もっとちゃんと確認しなきゃだよ」
「気になったんですが、そのブツは機能はしたんですよね? ミドリさんはこちらの世界に来ているみたいですし……。ということは、帰る側の機能に問題があったんですか?」
「うん。実際は、誰でもいいからこっちの世界に連れてきて、一瞬で帰らそうとしたわけなんだけど……帰らせる機能がポンコツだった」
「皐月クオリティだぁ……」
僕は皐月さんと言う夢魔(おそらく)のことを知らないけれど、彼女たちの会話で何となくわかった。彼女自身が有能なポンコツだ……。
「結局のところ、ミドリさんは帰れるんでしょうか?」
「そうだねぇ……皐月が頑張ればすぐにでも帰れるだろうけど、皐月だしなぁ……」
「あの、皐月さんですからね」
「気分屋だしねぇ……」
神無さん、コインさん、ミドリさんの中の皐月さんへの評価さすがに低すぎませんかね……。なんだかかわいそうになってきますね……。
諸悪の根源の一人なんですけどね……。
「もしかして僕、帰れないんですかね……」
「そ、そんなことありませんよ! 安心してくださいミドリさん! 前に、ミドリさん以外にも現実世界から来た人がいたんです! その人は無事帰れたみたいですから!」
前例があったんだ……。なら大丈夫だろうか?
彼女の言葉を聞いて心が少しだけ軽くなった。
「あ~あの人ね。あの人最終的に夢の世界の住民になったって聞いたけど?」
「ちょ、葉月さん!?」
「おっと失礼~。口を滑らした~」
やっぱり無事に帰れないじゃ……。
……というか、元の世界に帰る必要はあるのだろうか。
…………
……いや、やっぱりまだ現実世界に未練がある。この世界に長居するわけにはいかない。僕は、そう決意した。
そんな僕の顔色を窺うように、神無さんが言葉をかけてきた。
「まぁまぁミドリ君。安心してくれ。帰る手段がないわけじゃない。一つだけ、ナシにも当てがあるんだよね」
「それってなんですか?」
「それは秘密。ただ、それを行うためにちょっと時間が必要でね……」
「……それってどのぐらいですかね?」
恐る恐る神無さんに聞いてみた。すると、今の僕からするとちょっと長すぎるくらいの時間が必要だと言ってきた。それは、
「1年間。1年間必要だね」
「い、いちねん!? さすがに長すぎませんか!? 現実世界では高校三年生なんですよ! 最後の学生生活を寝たきりで過ごせって言うんですか!?」
さすがの僕も大声を上げて反発した。三年生って言ったら、就職とか受験とか、一番大事な時期だというのに……。
「まぁこれは最終手段だから。あと、勘違いしているみたいだから言っておくけど、夢悔空に君がいる限り、現実世界の時間は動かないよ」
「え? それってどういう……」
「言葉の通りだよ。原理はよく分からないけど、時間が止まるみたいなんだよね。きっと、神様のいたずらかなにかだね」
「ま、とにかく。君がこの世界でしばらくの間は暮らすのは間違いないんだし、ハルツに泊まる部屋でも案内してもらったら? ハルツが案内している間、ナシが店番をしておくから」
……神無さんの言っていた通りなら、この世界で暮らしていても問題ないわけだけど……少し不安だ。でも、外の世界の時間が止まっているだなんて、証明することもできないし……、今はこの不安を胸の中にしまっておくことしかできないか。
今はとりあえず、ハルツさんについていくことにしたのだった。
~~~~8 心情の魔法使い ~~~~
「ミドリさん、少し待っていてください……。ちょっと部屋をかたづけるので!」
今日から僕が泊まるであろう部屋につくと、部屋が少し荒れていた。彼女曰く、おそらく神無さんのしわざらしい。弟子っていうのも大変そうですね……。
というか、神無さんって弟子の家に寄生しているやばいやつなのでは?
そう思いはしたが、ハルツさんと神無さんの関係は良好そうなので、ハルツさん自身はあまりそう思っていないとは思う。ただ、はたから見ればそう見えるというだけで。なら、べつにいいのかな?
こんなことを考えているうちに、部屋の片付けが終わったらしく、部屋に入ってくるように催促してくる。そして中に入ると、至ってシンプルな部屋だった。
ベットは真っ白なシーツが敷いてあり、小さなテーブルにこじゃれたカーペット。木製のタンスや全身を写せそうな立て鏡など……ほかにも小さなテレビや聞いたことがあるような題名の本が置いてあったりした。
「とりあえず、これぐらいで大丈夫ですよね? 他にも、必要そうなものがあったら言ってくださいね! できる限り用意しますから!」
……本当にありがたい。こちらのことを本気で気にしてくれる、本当に優しい人なんだなと言うことが伝わってくる。
やはり、ハルツさんと話しているととても心が和らいでいく。ぽかぽかしていく。
「……? どうしました? ミドリさん?」
「なんだか、ハルツさんを見ているととても安心できて……」
「あぁ! そういうことですね! それはたぶん、私の能力の影響だと思います」
「能力? 神無さんが言っていた、夢魔特有の能力っていうやつですか?」
「そうです! 私の能力が【
申し訳なさそうな顔をするハルツさん。その表情を見ていると、こっちも少し悲しくなってくる。
「……これじゃあ、《心情の魔法使い》の名が聞いてあきれてしまいますね……」
「ハルツさん、そんな風に言われているんですか?」
「はい! 魔法のユメセカイでは、結構有名なんですよ? 最近は、能力の操作も完ぺきになったと思っていたんですが、まだまだですね……」
一瞬少し重い空気が流れたが、ハルツさんが苦い笑顔を見せながらも、両手をパンッと叩き、別の話を始めた。
「ま、まぁ、これは私の問題ですし、ミドリさんは気にしなくて大丈夫ですからね! えっと……私は、ちょっと師匠と話してくるので、ミドリさんはここでゆっくりしていてください! 好きに過ごしていて構いませんよ!」
「……はい! わかりました。じゃあ少し、ゆっくりさせてもらいますね」
僕がそう言うと、ハルツさんは喫茶の方へと戻っていった。この建物は二階建てで、一階で喫茶を経営しており、主に二階が住居になっている。現に僕がいる場所は二階で、あまりはしゃぎすぎると、一階にいる人たちに迷惑をかけてしまうだろう。
一人でそんなにはしゃぐような性格ではないから、大丈夫だけど……一応気を付けよう。
とりあえず僕はベッドに寝転がる。僕が森の中で起きてから、どれくらいの時間が経ったのかは分からないけれど、色々あったからかなんだかとても疲れた……。
このまま目を閉じれば、眠ることが出来てしまいそうだった……。
……寝たら、元の世界に帰れたりしないだろうか?
というか、夢の世界で寝たらどうなるのだろうか?
気になった僕は、ベッドに完全に身をまかせ、眠るための準備をする。
別に特技と言うわけじゃないけれど、眠るのは早い方だ。
眠ることを意識してから数分後には、体の力は完全に抜けて、僕の感覚は真っ黒な世界へと落ちていく。落ちていく……はずだった……。
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