17. 恋は『恋は雨上がりのように』のように【漫画感想】(※ネタバレ注意)

真野魚尾(まの・うおお)です。

「忘れたっていいんだ」と言われたことを、ふとした拍子に思い出して。

ああ、素敵な物語だったなと、読み返そうとしたら。


鬼のように付箋が貼ってありました(笑)。一言一言を、噛み締めながら読んでいたようです。




◆『恋は雨上がりのように』眉月じゅん


その出会いは雨の日でした。ケガで陸上をリタイアした高校生・あきらと、バイト先のファミレス店長・近藤の恋物語です。年の差18歳、互いの姿に見出すものとは。



以下、ネタバレがありますのでご注意くださいませ。




◇あきらの恋


17歳の恋心が瑞々しく描写されています。ペディキュア、デートの服装、バイトのシフトをもっと入れてほしい。いじらしくて純粋で、でもどこか不器用で痛々しい、そんな若さが、45歳の目にはさぞ眩しく映ったことでしょう。


デートの服装と言えば、二度訪れることになった映画館。加瀬と近藤への対応の差は露骨でした。「同じ」パンフレットだけど「ちがう」のです。


吉澤と近藤は同じ友達ではないし、父親と近藤は同じ中年男性ではない。同じだけどちがう。普通も、平凡も、日常も、たった一つの差が特別にしてしまう、それこそが恋の重みなのです。




◇近藤の恋


はぐらかそうとしても、何度でも好きだと言ってくる17歳の女の子。あきらのことを意識する時の近藤は、彼女と同じ17歳の自分を度々思い描きます。カラッポの中年となってしまった引け目なのか、若さへの憧れなのか。


今の自分ではあきらと向き合うことはできない――近藤がそう思っていたのだとしたら、初めからこの恋は成就し得ないのだと暗示されていたのかもしれません。


それでも近藤はあきらのことが「好きなんだ」と自覚してしまうのです。物語の後半、何気ない日常の、ふとした瞬間でした。外では激しい雨が降り出していました。




◇二人の「恋」


陸上を失った穴を、近藤への恋で埋めようとするあきら。

薄れかけた文学への情熱を、あきらの若さに見出す近藤。


それだけでない部分はあるにしても、お互いの気持ちはその先ずっと交わることはありません。どちらかが、或いは二人とも、止まったままの季節が再び動き始めてしまったとしたら。


その場にとどまって得られる幸せに満足できないツバメは、飛び立たなければいけない。先にそう気付いた近藤の方から、言わなければならなかったのです。君にしてあげられることはもう何もないのだと。




◇印象的な脇役たち


近藤の旧友・九条ちひろは、売れっ子作家らしく示唆に富んだ言葉を投げかけます。中でも、近藤の書斎を見て言った「未練ではなく執着」は、小説にしがみつく者の一人として、心に深く刺さりました。


ファミレスのキッチン担当・加瀬はあきらの恋心を知りつつ、ちょっかいをかけてくるお邪魔虫ですが、その言動はあきらの抱える問題を浮き彫りにし、時に背中を押してくれさえもします。君は光に向かって進んで行ける人だと。


一方で加瀬は血の繋がらぬ姉に恋心を抱いてもいます。誰もが光に向かって行けるとは限らない――踏み出せぬ恋が実るはずもなく。筋違いな当て付けの代償は鉄拳制裁。以後彼が描かれていないこと自体がその行方を物語っている気がします。


あきら周囲の魅力的な人物たち。幼馴染みのはるかとの関係は広義の百合とも言えるものでした。叔母のともえは、今あるつらい気持ちも大人になって思い返すと懐かしく愛おしいのだと、優しい言葉をかけてくれました。


脇役含めて成就した恋が一つもないという恋愛作品は珍しいと思います。それでも未来へ向かって歩み始める女性たちと比べて、男性陣の不甲斐なさが目立つのが、やけに生々しくもあります。




◇雨宿りはおしまい


『羅生門』に対してあきらが出した答え。他人からすれば眉をしかめるような恋も、彼女の人生にとってはプラスになったに違いありません。


長い人生、たとえ忘れたとしても、きっと思い出す時が来ます。


一緒に過ごしたかけがえのない時間は、どんなに時が経ってもなくなったりはしないのです。「友達」だったあの人が、いつか言ってくれたように。


心に仕舞った思い出はきっと、強すぎる光から身を守る日傘となってくれることでしょう。




◇私は雨の中にいる


かつて「忍ぶ恋、想うだけの恋があったっていい。そこから生まれる文化もある」との言葉がTVを賑わせました(「不倫は文化だ」と曲解されて伝わっています)。


発言の真意はさておき。


実る実らないにかかわらず、恋とはそれ自体が尊く素晴らしいものであると、私は思っています。


『恋は雨上がりのように』は、とても文学的な作品です。描写、比喩、演出、どれを取っても知的で美しい。読者の私にもっと文学の素養があれば、感じ方はまた違っていたのでしょう。


たまに昔の恋を思い出すことがあります。それは多分、今が満たされていないからかもしれません。降り止まない雨もあると知っているから。


終わらない雨宿りを続けながら、今日も私は窓の外に見る美しき恋の誕生を祝福するのです。




好きなキャラ:九条ちひろ、加瀬亮介、ともえ(あきらの叔母)

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