第37話 良い暮らし(羽人の場合)

 続いて中庭が見える通路にて……


「ところで私も気になってたんだげど……アンタ、公爵こうしゃくの地位なんてものを手入れてどうするつもりぞえ?」

「ん? どうするも何も“良い暮らし”をするために決まってるだろ?」

「良い暮らし? 少し意外ぞえね?」


 四天はそう言って首を傾げる。


「そうか? 良い暮らしさえ出来れば、住む家や食い物に苦労することないだろ?」

「苦労って……」

「住む家があれば雨風は防げる。食いもんがあればえることもない。それに……」

「それに?」

「それに……わるい、ちょっと場所を変えねぇか?」


 ――――という流れで、オレ達は城の敷地内にある中庭へ移動する。


「ちょうどいい、ここに座ろうぜ」


 適当に見つけた大きめの庭石に、オレ達は揃って腰を下ろす。


「さて……ここからはつまらねぇ話になるけど、かまわねぇか?」


 そう断ると、四天は黙って頷いた。


「そうだな……オレみたいにあちこちの戦場で傭兵稼業ようへいかぎょうをやってるとだな、どうしても時々……その……圧し潰されそうになっちまうんだ」

「圧し潰される? いきなり何の話ぞえ?」

「いいから聞けって」

「……わかったぞえ」

「近年、魔王軍からの度重なる侵略行為……オレはそれによって親兄弟家族を失くした者。住む場所を失くした者を数え切れない程に見てきた……」


 静かに、かつ淡々と話は続く。


「傭兵仲間からは『そんなのは気にするな』とも言われていたが、オレにはちぃーとばかり無理だったんだ」

「へぇ、アンタがそんなふうに悩むなんて少し驚きぞえね」

「ハハハ……じつはけっこういたりするんだぜ? そんなヤツがな」


 四天は感慨深く頷いた後に訊いてくる。


「……それで、その話が公爵とどう繋がるぞえ?」

「ん、だから最初に言ったろ?『良い暮らしをするため』って……」

「確かにそれは聞いたけど、アンタはそんなに良い暮らしを望むぞえか?」

「そりゃあ望むさ。何もかもを失った者達が暖かい家に住み、腹一杯に飯が食えるなら、オレは気分爽快で良い暮らしが出来るってもんさ」

「それじゃアンタ、公爵ってのは自分のためではなくて……」

「おっと!」


 オレは彼女の発言を止めるべく、そのくちびるへ指を当てる。


「そこから先は野暮やぼでしかないぜ、四天?」


 少しカッコつけてみせるが、彼女は何事もなくその指をよけて言う。


「フフフ、アンタのそういう考え方……何となく好きにぞえよ」

「よ、よせやい。オレはそんなんじゃ……」

「ほら、褒美にこの胸で慰めてやるぞえ。さぁ!」


 そう言って、つややかな表情で自分の胸を両手で持ち上げて突き出す。


「え、そ、それは……いや、そんなのはいいや……うん」


 オレは頬の紅潮こうちょうを悟られないようにと、慌てて空を見上げる。


 危ねぇ危ねぇ。こいつは三〇〇歳を越えても見た目が若いエルフだから、うっかりしてるとつい手を出しそうになっちまう……ん?


「何だアレは?」


 空を見上げたままでいると、何か大きなものが降って……


「まずい!避けろ四天!!」


 叫ぶと同時、オレ達はその場から大きく飛び退く!


 ズシッーーーーーンンンンン!!!!


 これでもかという地響きと共に地面へ墜落ついらく……いや、した巨大なは無機質な一つ目でギョロギョロと周囲を見回す!


「ま、まさか……こんな場所で……って、オイ四天! 無事か!!」


 呼びかけると返事はすぐに返って来る。


「私は何ともないぞえ! それよりも……」

「ああ……こんなバカでけぇサイクロプスは初めてだぜ!」


 見上げる先。何とそこには五十メートルを越る巨大な怪物がそびえ立っていた……っが、オレ達がそれに恐れてケツをまくることはありえなかった! 何故なら……


「いくぞ四天!」

「ああ、やってやるぞえ!」


 オレ達もまた、“人類二大巨頭”と呼ばれる怪物だからだ!!

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