第36話 竜の涙(四天の場合)

 王との謁見も無事(?)に終了し、私と羽人はそれぞれに用意された休憩部屋へ向かおうとしていた……っが、どういう訳か私達はその途中にある中庭が見える外通路で呑気に雑談を交わして始めていた。


「それにしても姫様が三人目とは……さすがに驚いたぞえよ」

「へぇ意外だな。お前さんみたいに歳食ったヤツでも驚くことがあるとは……」

「……アイスアロー」

「うおっ!」


 指先から放った小さな氷の矢は、羽人の頬を掠めて後ろの壁へ突き刺さる。


「あ、危ねぇ……お前、今のは本気で狙ったろ?」

「フン……乙女に歳の話をした罰ぞえ」

「ば、罰って……ま、まぁいいさ。ところで気になってたんだけどよ、お前さんの報酬。“竜の涙”って何なんだ?」

「興味があるぞえか?」

「そりゃあ“伝説級の魔石ませき”なんて言われ方をされたら、さすがに……な?」

「ふ~ん……なら、ちょっとこれを見てみるぞえ」


 そう言って私は、自分が持っている杖の頭を羽人に向ける。


「ここに魔石がはめ込まれているのはわかるぞえか?」

「魔石って……このガラス玉みたいなヤツがか?」

「ガラ……! ま、まぁいいぞえ」


 どうやらこの男、ガラス玉と魔石の区別がつく選別眼は持ち合わせていないようだ。


「竜の涙とは、これと同じ様に杖へはめ込んで使う特別な魔石のことをいうぞえ」

「ふ~ん、要はその秘宝にこのガラス玉の代わりをさせようってぇ訳か?」

「逆ぞえ! そもそも魔石が竜の涙をして作られモノであって、代わりというならばアンタが言うガラス玉の方がそれになるぞえ!」


 まったく、いくら何も知らないとはいえ、魔石をガラス玉と勘違いした挙げ句にそれを竜の涙の代わりなんてほざくとは……他の魔法使いが聞いたら卒倒そっとうしかねないぞえ。


「……で結局のところ、このガラス玉が竜の涙に変わったらどうなるんだ?」


 この男、本気で魔石をガラス玉で通す気ぞえね。


「魔石とは、人が魔法を発動するために補助的な役割を果たす道具になるぞえ」

「補助? ってぇことは、それ・・がないと魔法は使えないのか?」

「そうなるぞえね。魔石なしだと魔力の制御せいぎょがままならず、魔法の具現化が不可能になるぞえ」


 この答えに、羽人は少し不思議そうにしながら訊ねる。


「不可能ってことは“四天”といわれるお前さんでもか?」

「例外はないぞえ」

「マ、マジか? そりゃ大変だな……」


 説明を聞いて難しい顔をする羽人。少しくらいは勉強になったか?


「じゃあよ、竜の涙ってヤツも同じ補助的な役割を持つのか?」

「そうぞえ。けれど、竜の涙の場合は単純な補助の範疇はんちゅう越えるぞえよ」

「越える?」

「竜の涙には、魔力そのものを増大させる力があるぞえよ」

「増大だと?」


 羽人は“増大”という言葉に反応するが、正直な話、魔力を増大させる魔石自体はそこまで珍しくない。ただ普通の魔石の場合は増大幅が元の魔力が二倍~三倍程度になるのに対して……


「竜の涙による魔力の増大幅は、百倍にはなるぞえよ」

「百倍!? お前さんの魔法の威力が百倍になるってことか!?」

「そうなるぞえね。まぁざっと計算しても、この国の三分の一くらいなら二日で灰にすることが可能にると思うぞえよ?」

「なななな、なんだってぇーーーー!!」


 青い顔をして震える羽人。その表情はひどく滑稽こっけいだ。


「お、お前……間違ってもそんなことをやるなよ?」

「フフフ、安心おし。私も『間違えたい』と思わない限りは間違えるつもりないぞえよ♪」


 笑顔でそう返してやると、羽人の顔はますます青くなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る