第5話 大猪(守人の場合)

 ある日の深夜。私は六つのエリアの一つである寝室のベッドに寝転びながら読書にいそしんでいた。


「……その後、お姫様は幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたし」


 ふう、子供用の絵本かと思って冷やかし半分で読んでみたけど、なかなかどうして……大人の私が読んでも斬新に思える内容の物語だった。


「いやぁ~まさか、最後に拐われた姫が勇者を殺して魔王と夫婦めおとになるとはね……」


 心地よい結末の余韻よいんに浸っている……そんな時だった!


「!? この反応は……性懲りもなく、また剣を狙うやからがやって来たか!」


 まだ見ぬ侵入者を排除するために読み終えたばかりの本をベッドへ放り投げると、急いで寝室を飛び出す!


「早く、剣のある広間へ向かわないと!」


 ――――ドドドドドドドドドドドッ…………!!


 広間へたどり着くと、どこからか狂暴な足音が響き渡る!


「これって、もしや!?」


 思わぬ来客の予感に胸の鼓動こどうが高まった! 


「……来る!」

 ドガアアアアッーーーーーン!!!


 書庫に繋がる扉をブチ抜いて姿を現したのは、体長十メートルを超えるかという巨大な大猪だった!!


「よし、期待通り!!」


 そう、この城にやって来るのは何も人間だけに限らない。稀にではあるが、このような野生動物だって紛れ込んで来ることもあるのだ。そして、そうなる一因は全てゲートにある!


 書庫にあった仕様書しようしょによれば、ゲートとはこの天空城に繋がる、いわば魔法陣の形をした転送装置てんそうそうちであって、地上の至る場所に散らばって存在している。


 例えるならどこかの遺跡や辺境地にある廃墟。あるいは大国の重要機密として地下深くに封印されていたりとかだ。

 ただ中には完全に野晒し状態で放置されてるものもあるため、こんな大猪みたいな野生動物が偶然にゲートへ足を踏み入れて、そのままこの城へやって来る場合もあるということだ。


「さぁて……久しぶりのご馳走が、わざわざ向こうからやって来てくれたんだ。早く仕留めないとね!」


 私は獲物を目の前にして、指をパキパキと鳴らす。


「オオオォォォォォォーーー!!」


 一方、大猪は威嚇いかくのつもりだろうか? 巨体を震わせて叫び声だか、鳴き声だかわからない雄叫びを張り上げると、自慢の両の牙にあらん限りの殺意を宿し、まさに猪突猛進ちょとつもうしんでこちらへ向かって来る!!


「へぇ、畜生ちくしょう分際ぶんざいで真正面からぶつかろうなんて……気に入ったわ!」


 受けて立つ私は持っていた槍を投げ捨てると、両腕を広げてどっしりとした構えを取った!


「来い! 受け止めてやる!!」

「ブゴオオオォォォォォォーーーー!!」

 ガァシィィィィィーーーーーンンンンンン!!!


 広間中を震わせる凄まじい衝突音! それは肉と肉、骨と骨……力と力が激突する命の音だった!!


「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬ……」

「ズモモモモモモモモ……」


 獰猛どうもうな牙を掻い潜って、どうにか受け止めるが、やはり体格差が大きくて徐々に押される!!


「ぐぐぐっ……さ、さすがは野生……単純な力比べは向こうが上になるか!?」


 眼前で鈍く輝く猪の眼光からは「お前がやられるのは、時間の問題だぜ!」と言わんばかりのセリフが聞こえてきそう……だけど!


「わ、わるいけど、そう簡単にはいかないよ」


 言葉が通じる相手ではないと知りながらも、敢えて言う。


「ここからは本気でいくわよ!!」


 そう……文字通り、ここからが本気だ!


「はあぁぁぁぁぁぁぁぁーーーー!!」


 私は自分の体内なかに眠る魔力を解放する!!


「ブヒッ!?」


 異様な雰囲気を感じた大猪は、咄嗟とっさに私の手を振り払って後ろへ退いた!


「フフフ……“野生の勘”ってヤツかしら?」


 私は薄ら笑みを浮かべて吠える!


「光栄に思いなさい! この私を本気にさせたことをね!」


 次の瞬間、両手の甲から手首にかけて赤い炎の様な紋章が浮かび上がった!


「さぁ……楽しい狩りの時間が始まりよ♪」


 高まる高揚感こうようかんに支配される私は、もはや目の前にある命を駆逐くちくしたいと思うだけの悪鬼あっきとなる!!

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