第2話 侵入者(守人の場合)

 大理石の壁に囲まれた六角形の大広間の中央に設置された剣が突き立てられる台座の前では今、私は冒険者風の中年男と対峙していた。


「それにしても、こんな角を生やした小娘が剣の守人をやっていたとは思わなかったぜ」


 男は長年使い込まれたふうな大刀を肩に担いだ状態で私を“小娘”と挑発する。しかし、実年齢でいえば間違いなくこちらが十倍以上になるのは確実……なのに男は何も知らないままに不快なセリフを吐く。


「ヘヘヘ、一応の警告だけはしてやるがよ。大人しくオレに剣を渡せば……そうだなぁ~、ペットとして飼ってやらんこともないぞ?」


 これ以上つき合う必要もあるまいと思う私は……


「つまらない戯言たわごとはいいから、早くかかって来なさい」


 槍の切っ先を突きつけたままバッサリと会話を終わらせる。


「ああ!テメェ……死にてぇのか!?」


 しかし、男はそれが気に入らなかったらしく、激昂げきこうして目の色を変えた。


「いいぜ……そっちがその気なら、さっさと殺してやるぜ小娘!!」


 激情に駆られたままに大刀を振り回してくる相手に、私は肩の力を抜いた自然体しぜんたいで槍を構える。


「うおぉぉぉぉぉーーーー!!」


 キィーーーーン!

 単純で力任せの攻撃を難なく受け止めると、哀れみ全快の口調で言葉を投げかける。


「一応訊くけど、これが全力とか言わないでしょうね?」

「な、何だとぉぉぉーーーー!!」


 男は感情が赴くままに襲いかかるが……


「はあぁぁぁぁーーーー!!」


 粗末そまつ幼稚ようちな攻撃は、まったく当たらずに全て簡単にあしらわれる始末。


「ぐぅぅぅ……ガアァァァァァーーーー!!」


 自分の攻撃が一切通じないことにごうを煮やしたか、男は苦し紛れに上段に振りかぶったまま突進する……しかし、その動きはあまりにも無駄に隙だらけだった。


「やれやれ、ここまで醜態しゅうたいを晒すなんて無様なものね」


 ザシュ!ザス!ザス!!

「ぐふぉ、お!?」


 侮蔑ぶべつのセリフと同時に放った三段突きが、男の喉、胸、腹を正確かつ無慈悲に貫く!!


「お、あああ……」


 穴の空いた三ヶ所から噴き出す大量の血液……それは、男がこの世に残す時間が少ないことを刻々と示す。


「ば、ばふぁな……」


「バカな……」とでも言いたいのだろうか? 発言しようにも、喉に空いた穴から空気が漏れることでそれは不可能になる。


「あ、あああ……」


 最期だ。男の瞳は何を見ているのだろうか? 正直な気持ち、そんなことには興味もなければ知りたくもない。ただ……本当の最期に何を見るかだけはハッキリとしている。


 それは闇だ。どこまでも深く、どこまでも暗い闇。それこそが男の瞳が見る最期の……いや、男だけではない。生きとし生ける者の全てが共通して見るのが闇なのだ。


 そして、それは私とて例外ではない。いつの日か必ず、私自身にもその瞬間は訪れる。


 どこまでも深く、どこまでも暗い闇を目にする最期の日が……必ず……

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