第百二十一話 第三次攻勢

 1595年の一月マニラの政庁として利用している建物で秀持と官兵衛は話をしていた。

 播磨勢の殆どは今回の作戦に従事しており、マニラを固める兵は二千程度で呂宋島全体でも五千に満たない。

 スールー諸島を治める予定の九鬼水軍は、朝鮮の戦を終えて本国に戻り様々な準備をして南方に向かった影響で未だマニラにも到着しておらず、先行して播磨勢を中心とする部隊が攻め込んでいる。


「寂しくなりましたなぁ」

 官兵衛の世間話の様な言葉ではあったが、意図しているのは全く別のことだった。

「そろそろ攻め込むのは限界か」

 最初は六万の兵であったものが、今回の攻撃では三万となっている。

 得られた土地を維持するために兵を貼り付けていて、領土が増える度に兵士は減っているからだ。

 途中南方で領土を与えられたものが、多少の兵を率いてきたが、すべてを合わせても五千にも満たない。

 九鬼の水軍が南方に参ると言っても千がいいところだろう。

 領土を維持するための助けにはなるが、攻勢の度に兵力が目減りしていく事の解決には全くなっていない。


「そうでございますな、次はさらに兵を少なくせねばなりません。二万の用意も難しゅうございましょう」

 スールー諸島は九鬼に任せたとしてもミンダナオ島北部に拠点を作り、そこに防衛のための兵を置き、西部にも兵をおけばそうもなろう。

 さらに、香料諸島への中継点としてスラウェシ北部のマナドの位置に港湾都市を作り、香料諸島とスラウェシ北部を制圧するための拠点として利用することを予定しているため、そこにも兵を置く必要があった。

 最重視している香料諸島は兵を送り込みすべてを占領するつもりであるが、ミンダナオ島やスラウェシ島は完全な掌握は先送りにして、重要な拠点に日本人の町を作り周囲を開拓して影響力を高める高砂の占領と同じ方式を取らざる得ない。


「南方で戦が出来るようになるのはいつであろうな」

 豊臣家を動かし大規模な援軍を得れば、まだまだ戦うことは可能ではあるが、南方のみで戦が出来るようにという意味での問であった。

 その事は官兵衛も察したようで暫く考えてから「日の本にはどれほどの兵を連れて戻るおつもりで」と聞いてきた。

 豊臣の影響力を残すために、播磨勢は供回りの数千を除いて大多数の兵を残していくつもりであり、大友の旧家臣団も所領を与えて残していくつもりであった。 

 家臣の内真田の兄、官兵衛とその家臣団、志賀親次と小西行長、そして来島通総、得居通幸、加藤嘉明の水軍衆以外は呂宋に残していくつもりで、それに加えて宮部継潤を日の本から呼び出してどこかに領土を与えようとすら考えていた。

 将来的には呂宋島の南東部のナガを中心とした所に、自分の子を配し江戸幕府の御三家の様な立場にすることを考えてもいる。


 長男である瑞雲丸には豊臣宗家を、次男の正寿丸を呂宋島に配し南方を、三男の日寿丸を蝦夷に配し北方を任せ、この二家を紀州尾張の様に宗家が断絶した場合に宗家を継ぐ事のできる家格にして、宇喜多と筑前家は水戸副将軍家の様な立場になってもらいたいというのがおぼろげに考えている大まかな計画だった。

 そして今播磨の家で家老として留守を任せている、宮部継潤、山中鹿之介、大谷吉継の三名のうち、宮部家は呂宋豊臣家を支える家として、山中家は東北の大名との繋がりがあることから蝦夷豊臣家を支える家として近くに配する事も考えている。

 さらに、後を任せる者がいなかったため今は南方に置いているが、将来的にあこ様の息子で最上の娘を娶った秀俊を蝦夷に、今は謹慎してるらしいが毛利と縁のある秀次を南方に配して一門として息子たちを支えてくれないかとも考えていた。

 南方に宮部を置くのは継潤の寿命が残り少ないことを知っており、彼の跡継ぎに因幡勢を率いてもらうよりも、経験豊富なものの手勢とした方が良いのではという考えもあった。


 その様なことも考えつつ官兵衛に返した言葉は「二万程になると思う」だった。

 領地を南方に与えた者を除くと、島津、長宗我、森、立花といった面々となり、彼らの兵と水兵たちを合わせればそれくらいになると思われた。

 ただ森家に関しては少し問題があり、勝蔵様と弟の忠重殿との関係が悪化して拗れに拗れている。

 元々余り相性は良くなかったのだが、南方での戦の愚痴で「熊本の留守ではなく南方で泥に塗れることになるとは」と言ったのが耳に入り「戦を厭うたわけには留守を任すこともできぬわ、武士となって戯言を唱えるのであれば、僧のまま念仏を唱えておけばよかったのじゃ」と言ったのが耳に入りと関係は修復が出来ない状況に陥ってしまった。

 このままでは森家からの追放や出奔も考えられることから、家臣ともども直臣として取り立て、南方で所領を与える約束をすることで何とか収拾を図ることにしたのだった。

 柊様の弟でなければここまでしないが、柊様を悲しませる訳にはいかず、勝蔵様も「姉上の名を出されては仕方あるまい」と何とか納得して今に至っている。

 このことで森の手勢も少し南方に残すことになったが、仕方ないと納得するしかなかった。


「殿下も南方統治のために日の本から人を送るとは聞いておりますが、それでも南方だけで戦をするとなれば十年では足りますまい。数万の兵を残しても多くは田畑を耕し道を作りといった作業に追われとても戦などは無理にございまする」

 それを聞いてやはりこれ以上は戦で領土を広げるのは難しいと感じざる得なかった。

 和平がなれば、本格的に動員を解除して開発に専念しなければならない。

 たとえ豊臣家であってもいつまでも膨大な戦費を出し続けるわけにはいかず、手仕舞いの時は近づいている。

 そして一度動員を解けば、官兵衛の言う通り兵であったものは日々の糧を得るために農民や人夫となって兵は大きく減るであろうし、南方の経済規模からも維持できる兵もそう多くはない。

 数十年経って多少の余裕ができたとしてもスラウェシ島やミンダナオ島の勢力拡大に使われて、外に向ける兵を用意するなどは遠い未来のことのように思われた。


 ただその様な事は実際の所大きな問題だと考えておらず、例えスラウェシやミンダナオの完全な領土化に百年かかろうが、日の本の領土であると認められていればいつかは日の本のものとなるであろうから問題はないとすら思っていた。

「此度の戦でこれ以上日の本を大きくするのは難しそうだな」

 そう言いながらも、この後のことを考える。

「次の攻撃まででしょうな」と答える官兵衛に「では、和平の席でふっかけるか」と言って笑う。

「それもよいやもしれませんな」

 戦で領地を増やせないのであれば、交渉で日の本の領地を増やせばよいだけであった。

「では負けるわけにはいかんな」

 スペインや後に続く西洋諸国に日の本の領地であると認めさせるためにも、和平交渉を少しでも有利にするためにも下手に負けることは避けねばならない。

 しかしながらそれだけでなく、交渉の円滑に進めるためには何か華々しい戦果が欲しい所であった。

「マカッサルでしょうな」

 それを察したのか官兵衛が、スペインが兵を集め守りを固めていると情報が入っている都市の名を挙げた。

「それしかないか」

 そう口にした後、こういうのは避けたかったがとの考えが頭をよぎる。

 とはいえ、占領すれば大きな影響を与えるだろうことも理解できる。

 浮かない表情をして「最後に決戦か」と零す。

 楽しそうな顔をする官兵衛が癪に障った。

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