第百三話 第二次攻勢
年が変わり1594年、昨年の呂宋攻めより少し遅れて一月中旬に開始された二次攻撃は、大きな障害もなく順調に進んでいた。
その大きな要因となっているのが、スペイン兵が全く存在せず、まともな戦闘すら行われていないことにあった。
マニラでの敗戦を受けていくつかの部隊が降伏してきており、そのいずれもフィリピンには大きな兵は存在していないと証言していたことから、防衛が手薄になっているとは考えていたが、兵を引き上げるまでは想像してはいなかった。
官兵衛はこれを聞いて「南蛮の大軍と戦いとうございましたが、叶わぬようですな。されど日の本にとっては慶事かと」と残念そうに言ったが、最近はアンドレスという日の本に来たこともある軍人と仲良くなって欧州の戦史や軍制を聞き、大いに楽しんでいる。
九州征伐後も棄教せず、切支丹として京や長崎の教会と親しくしている彼にとっては、南蛮の知識を得ることは楽しみなのであろう。
ただ、そうであっても戦となれば全く容赦なく戦っており、策謀も巡らしている。
官兵衛に言わせれば「南蛮では神を信じた者同士が、戦を繰り返しておるそうではございませんか。日の本でも同じ宗派のものが戦をすること珍しくありませぬ。神の教えと戦は別のことでございまする」と当たり前のように言われてしまった。
用心はしているが、戦では大きな問題は起きそうにないので、官兵衛との話題は論功行賞で誰にどの地を与えるかに重点が置かれている。
呂宋島は総代官に小西行長を置き、豊臣の直轄地として統治しようと考えており、北部代官として糟屋武則を置いてカガヤン川流域の穀倉地帯の開発を命じることとしている。糟屋川と名を変える日も近いだろう。
さらに清水政勝にマニラの西、未来の知識ではスービック海軍基地があった場所に軍港を建てることを命じて、将来の海防の拠点として機能させるべく進めている。
水軍の一部を率いていた杉若無心殿にカラミアン諸島に入ってもらい、その整備を行っているのもその一環だった。
軍港と商港を分ける試みは少し前から進めていて、例えば北九州では佐世保を軍港として、長崎と博多は商港として主に利用されている。
呂宋島でも商港はマニラ、軍港はスービックといった棲み分けができれば良いと考えている。
呂宋島の他の地域では、ナガを中心とした南東部は垣屋恒総に代官を任せることにして、改易された大友家から雇った佐伯惟定をサン・フェルナンドへ派遣したり、官兵衛の配下たちにも兵を率いて各地に派遣するなど開発を進めている。
姫路より送られてくるあこ様の子、木下秀俊にはセブ島を与えようと考えていて、セブには中部フィリピンの中心都市の役割を果たしてもらい、その力で南方で重きをなしてもらう予定だった。
その力を背景に南方から帰国する際に、自分の代理として豊臣直轄地を一時預けることも考えている。
さらに父上から送られてくる田中吉政にはゼブの西にあるネグロス島を、木村重茲にはセブの東にあるレイテ島、加藤貞泰にはレイテ島東のサマール島を与えてフィリピン中部を豊臣恩顧の将で固める予定としていて、彼らが秀俊を支えてくれることも期待していた。
佐吉との約束で領土を与える事になった者たち、福原直高にはセブの北にあるマスバテ島を、熊谷直盛には呂宋島南東部の東に浮かぶカタンドゥアネス島を、太田一吉には呂宋島にも近いボアク島を与える予定となっていて、呂宋島に近い島々の経営を任せることを考えている。
佐吉が押すのであれば、領地経営には明るいだろうと考えて、呂宋島を発展させるべく周囲に置いた形となる。
小田家再興の地としてはボアク島とパナイ島の間にあるタブラス島を与えることとした。
決して大きな島ではないが、旧領からの移民を受け入れるには十分な広さはあり、発展すれば旧領より多くの収入が得られるだろうと考えているし、彼を慕うものが集まれば周辺を牽引する土地となってくれるかもしれないという期待もしている。
戦に参加している者への恩賞も当然与えられる事になっていて、パナイ島には伊東祐兵を領主として入れて、日向の旧領は島津への恩賞として渡される。
このような事は他にも予定されていて、相良頼房にマスバテ島の東にあるティカオ島を与えて、肥後の領土は森家に、筑紫広門にマスバテ島の北にあるブリアス島を与えて筑後の領土は立花に与える予定となっている。
この領地配分で問題となっているのが、本来南方の領地を与える予定であった高橋元種、秋月元長の兄弟の扱いで、日向の地は全て豊久に与えてもよいとすら考えていたが、島津の後継者問題の推移を見守るために両者の所領を与える事は差し控えることにした。
しかし両名に与える領土は確定していて、高橋元種にはパナイ島とネグロス島に囲まれたギマラス島が、秋月種長にはレイテ島北に隣接するビリラン島が与えられることとなっている。
この兄弟の領土は意図的に離されており、協力して反抗することができないように配置されていた。
そしてもう一つの問題が与えている所領の大きさで、将来的に大きな力を持ちかねないことだったが、パナイ島とネグロス島に関しては代官地を置くことでその問題予防している。
パナイ島は北部のロハスから、ネグロス島も北部にあるビナルバガンから開発が進められるが、共に島の南から四割程が代官地となっており、今はその管理も任せることにしているが、南方戦が終わった後に改めて恩賞としていずれかのものに与えることで島を分割する予定であった。
不満を抱かないように、その事は両者にも領土を与える際に伝えられる予定になっている。
「大まかには、決まったがそれよりも父上が高砂を攻めるとは」
諸将を南方に送り届けるついでに、兵を率いさせて台中の原住民国家を攻める予定らしく、予備隊としていた秀次を総大将に五千ほどの兵が用意されると聞いている。
「誰を入れるつもりなのでしょうな」
官兵衛は相槌を打つように話題を振ってくる。
「それは分からんが、讃岐宰相にも軍功を与えて重みを与えるつもりなのであろう」
叔父上の体調が日に日に悪くなっているという知らせを聞いていた自分が思いついたのはそのことだった。
「そうやもしれませんな」
流石の官兵衛も小一郎叔父上の話となると、どこか気落ちした雰囲気で答えることが多い。
共に長く戦ってきたという思いが何処かにあるのかもしれなかった。
そこに義兄上からの火急の使者が来て、一枚の文が届けられる。
使者は急いで参ったと見えて肩が上下し息も荒い。
「ご苦労であった」とねぎらってから文を見る。
そこには中川秀政が鷹狩に出かけ、そこで原住民に襲われて死亡したと書かれていた。
「すぐに笑円を、父上に文を出す」
この後も秀政の対応に追われることになり、高砂の事は余り話すことはできなかった。
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