第七十七話 戦争準備
大坂城から播磨に戻ると、すでに南蛮との戦が決定されたことが知れ渡っていて、自分はその準備に明け暮れている。
1592年三月一日には義兄の真田信繁が一万の兵を率いて、高砂に向かって行った。
同じく三月には更級の妊娠が発覚したが、自分はこの子が生まれる姿を見ることはできないだろう。
予定では開戦の日とされた九月一日までには、薩摩に入る予定になっていて、七月頃には播磨をたつことになるからだ。
とはいえ、実際は嵐を警戒して十月頃日本を出航する予定であるし、最悪戦争が始まるのは来年ということもあり得る。
出陣に際して発表された陣立は以上のようなものとなっている。
豊臣秀持一万五千、島津義弘八千、森長可五千、小早川秀包五千、大友義統四千、長宗我部元親三千、立花統虎二千、中川秀政千五百、高橋元種・伊東祐兵が各千、相良頼房・秋月種長が各五百の兵を率いて、これに各水軍が加わることになり、総兵力は六万に迫る軍勢となる。
明と朝鮮に備える北九州を除いた九州勢に四国から長宗我部、毛利から小早川を加えた形だ。
必要であれば宇喜多や三好、毛利の兵を援軍として送ってもらう約束もしており、さらには防衛がおろそかになるためあまり使いたくはないが、高砂の兵も動かすことも可能で、最悪父上に援軍を要請することもできるので場合によってはさらに十万以上の動員すら可能となっている。
とはいえそれをすれば、戦後に影響がでて経済的にも大きな傷を負うことにもなりかねないので最後の手段になるだろう。
目標は呂宋から南下して香辛料諸島を手に入れることで、ボルネオ、スラウェシ、ニューギニアは状況次第だと考えている。
四月に入ると流石に忙しさが増しているが、そんな状況など構うことなく珍客はやってくる。
「餅よなぜ真田の坊主が渡海しておるんじゃ、先陣はわしとの約束であろう」引き止める者も構わず城に入り、餅はどこじゃと探し回って自分を見つけるなりこれである。
当然このような事ができるのは森長可だけであり、あこ様などは騒ぎを聞きつけてやってきては、すでに笑っている。
「その様な約束をした覚えはないのですが」と言うと、はたとそうだったかと気づいた様子で少し止まったが、しばらくすると「知らんわそんな事、餅の先陣はわしと決まっておる。兄がそういえば弟は兄に従うものじゃ」とあまりに酷い暴論を振りかざす。
とはいえ、なぜか全く怒る気にもならず「折角来ていただいたのですから、久しぶりに話をしたく思います。先陣云々はその中でゆるりと話しましょう。そこにいるあこ様も交えれば岐阜や小牧に戻った気がして楽しい思い出話ができそうでございます」と話しかける。
あこ様は突然話を振られ、えっという表情をしていたがこの叔母を逃がす気は全く無かった。
「そうじゃなそれもよかろう。あこ殿に姉上の事を聞くのも楽しみじゃ、餅よ久しぶりに大いに語ろうぞ」と先程のことはすでに忘れて上機嫌になっている。
対するあこ様は、逃げようとしたところずっと自分に見られていることに気がついて、動くこともできずに無事捕らえられた。
三人となり部屋に入ると森様は表情を変えて「餅よ思い悩むのならわしにいえや、餅の邪魔する者はわしが代わりに殺してやるわ」と言ったあと、なにもなかったかのようにあこ様に柊様の話を聞いて、しまいには酔いつぶれて眠りに落ちた。
「勝蔵様は変わらず良い方ですね」というあこ様の言葉には頷くしかなかった。
きっとこれを言うために姫路に来てくれたのだろう。
森様が帰ったその後も、島津豊久殿が豊久殿の幼名を継いだ嫡男の豊寿丸を抱いた柚様を伴って訪ねて来てくれたり、恵瓊殿が訪ねて来てくれたりと客は絶える事なく、西国の者たちと話すことが十分にできたと思っている。
五月に入ってからは自分が領地を離れてる間の事を話しておかねばと思い、家臣たちを集めて話をすることにした。
すでに高砂に入っている義兄上とその麾下としてつけた清水政勝と木下重堅、そして水軍を率いている加藤嘉明、さらには高砂の地で戦の準備を行っている小西行長を除く有力な家臣たちが集まっている。
「名目上は嫡子である瑞雲丸が留守居となるが、皆も知っての通り幼少の身であるから、継潤を筆頭として鹿之介、紀之介三人で合議して何事も決めるように、三人の内で病などで役目を果たせぬようになった場合は、鹿之介、紀之介の順に筆頭を務め、欠員が出た場合は万石以上のものから協議の上補充するように」
そう言うと、名を呼ばれた三人の者がそれぞれの言葉で了承の意を示す。
「奥の事で何かあればあこ様に言えば間違いはない。言動は迂闊に見えるが、大事なときには決して間違えることはないし、母上や柊様とも縁が太く頼りになる」
あこ様に対しては不満に思うこともあるが、それでも母の一人と思っているし信頼もしている。
この話を聞いてきっと「餅丸殿も私の大切さが分かっているようですね」と得意顔で言ってくるだろうからどう言ってやろうかと思案する。
家臣全体に対しても声をかけて結束を促す。
「できるだけ文を出すつもりではあるが、それでも多くの事を任せることになる。皆が協力してどうか豊臣の家を頼む」
そう言って皆に頭を下げると、家臣たちは一斉に平伏して「ははあ」の声が重なる。
その後は酒や肴を用意させて酒宴を開く。
予定では少なくとも数年は日の本に帰ってこられない。
この中には、今生の別れとなるものもいるだろうと考え、一人一人杯に酒を注ぎ言葉をかけていく。
ほとんどの場合、今までの忠勤に感謝の言葉を述べてそれでも最後はやはり「豊臣を頼む」という言葉になってしまうが、それ以上の頼みはなくどうしてもそうなってしまう。
大谷吉継の番となり「内政のこと頼む」と声をかけると「お任せ下さい」と心強い言葉が返ってきた。
そして自分の耳元に顔を近づけると誰にも聞こえないように「東国のことも、佐吉や真田と力を合わせて目を光らせます」と言ってから姿勢を整えて「ご武運お祈りいたします」との言葉をかけられた。
長く続いた宴も終わり、寝所に戻る途中官兵衛に会って「紀之介になにか言ったか?」と聞いたが、特に何も話していなかった様子であったので、あらましを説明すると「では、日の本の事は頼りにするのが良いでしょう」との意見であった。
自分としても、日の本に多少なりとも本心を理解してくれているものがいることは有り難く、全くの同意見だった。
そして官兵衛と別れ、自室で一人となる。
紀之介は頼りにできそうで、考えていた策を行っていいのではとの思いが強くなっていた。
「笑円はいるか」の声に近習が慌てて呼びに行く。
慌てて現れた笑円に「父上に文を出す」と伝えて、一枚の文が書かれた。
すぐに上洛して、父上に説明しなくてはならないなとそう思うのだった。
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