第七十五話 戦力分析
四隻のガレオン船と十隻に満たない小型と中型の船、水夫を合わせても千八百の兵、それが自らの手勢も含めたスペイン王から与えられた全てだった。
ゴアに到着しスペイン王の署名の入った命令書を見せた後でさえ、怪訝な目で見られた事も当然と言えた。
特に前任のゴア総督などは「我が王はアジアの全てをお捨てになるつもりなのですか」と恐ろしい剣幕で聞いてきたが「イングランドとの海戦での大敗北、ネーデルランドの反乱、フランスでのプロテスタントの台頭。どこにアジアに割ける兵がいるのだね」と言うと口を閉ざした。
「我々の目的は被害を最小限に抑え、できるだけ時間を稼ぐこと、可能であれば和平を行い貿易を再開すること、王は全てを失うことになろうとも献身を求めている事を忘れないで欲しい」そう言うと拳を握りしめ「分かりました」と答えた。
「肝心の兵力はどうなっている」
パルマ公の質問に、ゴアの前総督が答える。
「マカオでは五百の守備隊に二千五百の中国人傭兵を加えて三千の兵が、現地の者の話では明の者たちは協力的でさらなる増兵も可能と聞いております。フィリピンではヌエバ・エスパーニャからの援軍も含め千五百の守備隊に現地義勇兵が五百程加わると、ここゴアでは五百の守備隊にインド人傭兵を千ほど集めています。またマラッカにも三百ほどの守備隊がおります」
ヨーロッパから率いてきた者を含めても総勢で一万に満たない兵となるのか、しかもその半分が植民地兵と傭兵とはな、戦力としてあてにはできないがそれでも使うしかない。
アレッサンドロは想像していた以上に厳しいものとなりそうだと感じていたが、それを表に出すことなく質問を続けた。
「こちらの兵についてはさらに詳細を聞かねばならないだろうが、おおよそのことは分かった。敵についてはどう見ている」
ゴア総督であった男は、あらかじめ用意していた様で淀みなく答える。
「国内での戦争で二十万を超える兵力を用いましたが、海を渡っての戦いとなれば輸送力の問題からそのような大軍は用意できないと考えております。その証拠に琉球の占領には一万の兵が、彼らが高砂と呼ぶ島では五千ほどの兵を送ったに過ぎません。多く見積もっても総兵力は二万程になるのでは、と予想しております」
「それでも悪夢のような兵力に思えるが」とパルマ公は言ったがそれに対して「とはいえ、日本が山の多い地形であったことから鉄砲はともかく大砲はほとんどないと聞いております。十年程前に倭寇がフィリピンを攻めたときも大砲の威力に敵は崩れました」と意見を述べる。
「つまり貴殿は侵攻は防げると考えているのか?貴殿の報告書は読んだが、とてもそのような考えであると思わなかったが」
申し訳なさそうに「正直に言ってよろしいでしょうか?」と言って来たので許可を与えると苦々しそうに話始める。
「確かに大砲の威力に何度か敵は崩れ、防ぐことは出来ると考えています。ですがそれも相手が大砲に慣れ対策を行うまでで、相手が本気であれば何度も攻め込まれいつかは対策を学び兵力差で敗北すると考えております」
妥当と言わざる得ない言葉に「そうか」という他なかった。
「有利な間に和平を結ぶことはできないでしょうか」との懇願に似たことばにも「相手次第としか言えないな」と言うしかなく、彼を励ます事はできなかった。
「奴らが初めに攻めてくるのはどこと考えている?」
話題を変えるべく質問を行う。
「判断に迷うところでございます。イエズス会の者たちは日本の支配者が何度も明への侵略を口にしていたと言っておりました。マカオを南方への侵略拠点として重視しているかもしれません。当然フィリピンを重視する可能性もあります。ただ彼らが高砂と呼ぶ島で、明との小規模な海戦が行われたらしく、明に目が向かっている可能性は高いと考えています」
彼がポルトガル人であることからマカオを重視するだろうことを差し引いても、マカオに攻め込む可能性は高そうで、フィリピンとマカオのどちらを相手が重視しているのかの判断は難しそうだった。
「まずは王の言葉を伝えるために日本へ向かう、その後はマカオで指揮を取ることになるだろう、ゴアは引き続き任せる」
その言葉に力なく頷き「神の恩寵を願っております」と力なく彼は言った。
アジアの情勢は厳しいままであると感じたのだろう。
そして、その思いは自分も変わりはなかった。
*
イスパニア商船に日本への書状を渡し、長い船旅で疲労している麾下の者たちに十日程の短い休暇を与えた後、マカオへの移動を行う。
ゴア守備隊から二百程の兵を引き抜き、ゴアにて船も徴発したが今だ本国からの援軍と言うには心もとない姿のまま船は進んでいく。
ゴアでの話や幾多の報告書を読んでも未だ防衛戦略は固まっていなかった。
ただ迷いながらも、マカオを守る事が王国にとっての利益ではないのかという思いは強くなっている。
マカオこそが明に接続する拠点であったからだ。
アフリカを通りインドマラッカを経由して明との交易を行う。
新大陸からフィリピンを経由して明との交易を行う。
どちらの航路もマカオがなければ価値を失うだろう。
最悪フィリピンを失っても、明と接続されていればアジアの権益を残すことが出来る。
それは王の御心に沿うものではないのかとの思いが心を支配していく。
たがそれを振り払うかのようにパルマ公は、日本の王に思いを馳せる。
軽率な判断をする訳にはいかない。
まずは、王と会ってから考えるべきだ。
彼と日本の若き後継者との出会いはすぐそこに迫っていた。
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