第七十二話 棄の死去
今だ東北での一揆が続く1591年八月火急の知らせが姫路に届いた。
手紙の送り主は母上で内容は『棄が病に倒れ、医師の見立てでは後は神仏の加護があるかという状態と申しておりました。すぐに上洛するように』と書いており、それを更級に見せすぐさま上洛の用意を行わせた。
茶々と仲の良い更級は、何時もの素早い動きが嘘のように、なかなか準備も進まず、侍女たちの手を借りて何とか準備を終えたという状態だった。
更級がこの様な状態では、いつものように馬を走らすわけにもいかず、姫路の港から船を出して大坂城に入り、そこから輿で聚楽第に入ることにした。
船での移動の間に落ち着いてくれればよいが、期待はできそうになかった。
四日には聚楽第に入ることができ、母上に病状を聞いたが「変わりはありません」と疲れ果てた様子で答えるだけであった。
それを聞いて更級は「淀に参ります」と飛び出して、慌てて護衛や侍女たちが付いて行き「父上は」との問いには佐吉が「東福寺で祈祷に加わっておられます」と悲痛な表情で答えた。
「東福寺に参る」そういって自分も祈祷に向かう。
知識として、弟が死に至ることは知っていたが、父上や茶々殿や弟のために祈ることに疑問はわかなかった。
東福寺に入ると父上は、憔悴しきった様子で、しばし祈祷を中座しているところであった。
「おお餅かよく来てくれた。更級の姿が見えんがいかがした?」
「更級は母上から、棄の様子を聞くなり淀に参ると飛び出していきました」
それを聞くと父上は少し安心した様子で「茶々も心強いであろう」といって涙した。
「父上、少しお休みくだされ。父上の代わりに私が神仏にお祈りいたします」
そう言うと、父上は少し迷った様子であったが、疲れていたこともあり「頼むわ」と言うと近習たちに運ばれていった。
当然のことであったが、自分や父上が必死に祈っても何も変わることなどなく、翌五日に棄は短い生涯を終えることになった。
棄の遺体は淀から東福寺に運ばれて、父上や茶々殿そして更級の嗚咽が響く中、妙心寺での葬儀が行われた。
父上に倣って戦国の世に生まれて、初めて剃髪したが父上の気持ちばかり考え全く気にもならなかった。
母上は「今はどうにもなりません。しばらくの間そっとしておいて下さい。一月か二月したらまた上洛して顔を見せてあげなさい」と言われて「分かりました」と重い気持ちのまま播磨に戻ることになった。
更級には「一月か二月すればまた上洛するゆえ、それまでの間茶々殿について欲しい」と言ってから別れた。
その後の播磨での日々は、仕事もあまり手につかず、いつも通り多くの仕事を家臣に任せて、師匠のもとで茶を飲んだりして過ごした。
この間、八郎(宇喜多秀家)と豪の間に嫡男が産まれたと聞いて、早速岡山に赴いて娘明石との婚約を決めて戻り、母上から『まさか本気であったとは』という言葉から始まる呆れ返った文も届いたが、父上からは『八郎の子であれば明石も幸せであろう、久しぶりに慶事を聞いて嬉しく思う』との文が返ってきて少し気が晴れた。
さらに慶事は続くもので、高砂から『遠方ゆえいつ届くかはわかりませぬが、桐に男子が生まれました』と届き、筑前からは摩阿姫の妊娠が報告され、更には島津からも柚の妊娠の知らせを受けることとなった。
一月半ぶりに上洛した時には父上にも生気が戻っていて、それが何よりも嬉しく感じられた。
この頃には東北の反乱も鎮圧されたとの報告が届いていた。
援軍は北国勢から上杉景勝が送られたのと、自分が用意した船で、鹿之介を主将に播磨勢から四千、副将に八郎の叔父の宇喜多忠家が宇喜多から三千を率い、父上からの援軍三千の計一万を南部領に援軍として送った以外は援軍は殆んど送られずに東国勢と浅野の叔父で鎮圧したことになる。
そのような苦労をしたにも関わらず「慣れぬ北国での戦で兵を失うのを恐れて、徳川は東北勢にばかり戦をさせた」や「南部大膳殿が直接上方に援軍を求めるとすぐに兵が送られたというのに、上方からそれ以外の援軍が来なかったのは、江戸大納言が軍功欲しさに上方に援軍を求めなかったからである」など心無い噂が広まっているらしい。
ひどい噂を流すものがいるものである。
大きくは変わっていないだろうが、援軍が少なかった分代わりに東国勢が疲弊したと思いたい。
母上に会った時に「殿下は次々と送られてくる慶事にだいぶと心を救われたようです」と言っていたが、この言葉は自分が生まれてから変わったことが父上の支えとなった様に思え、一生忘れないだろうと思った。
久しぶりにあった父上は以前より少し痩せたような気はしたが、以前のような活発さを取り戻していた。
「棄のこと無念ではあったが、そちにも心配をかけてしまったようじゃ、更級もよく茶々を支えてくれたと聞いておる。助かったわ」
そういう父上に少しの陰りを感じはしたが、それを見ないようにして口上を述べる。
「弟を失った無念さは私も感じております。なにより父上が気を落としている姿を見るのは辛く、この様にまた父上の姿を見る事ができ安心いたしました」
そういうと自然と涙が流れた。
「そちや、瑞、正寿がおらねば、悲しみはもっと深かったかもしれん。そちがいてよかったわ」
父も涙を流し、二人してしばらく無言の時間が流れる。
「いつまでもこの様にしておっては、棄に笑われよう。東北の反乱も片付いたわ、来年には呂宋攻めとなろう」
自分が焚き付けた結果であるが、この言葉に南蛮との交渉など一切考えていないことが感じ取れた。
「日の本の米は高砂や琉球の気候に合わなかった様で、予想より収穫が少なく今は琉球などで今まで植えられていた米に切り替えました。その結果備蓄する予定の兵糧を民に回さざるを得ず、兵糧が心もとなくなっております。播磨からも送ってはおりますが、父上にも協力いただければ」
父上は「相変わらず戦とは金がかかるのう」と言いながらも五万石の兵糧を追加で送ってくれることとなった。
「来年のはじめには、先見隊として高砂に一万の兵を送ります。大将は真田の兄とする予定です。その後期限が過ぎてから父上の命を受け次第、私も海をわたります」
その言葉を聞いて父上は大きく頷いた。
「しばしの別れとなりますが、今日のことは一生忘れません。申し訳ございません。またお恥ずかしい姿を見せてしまいそうで、失礼したく思います」
そういって父の言葉も聞かずに退出した。
そしてその日は自分が生まれたことが認められたようで、ずっと忘れられない日となった。
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