第六十八話 朝鮮対応

 小田原征伐が終わり国替えも発表された1590年九月、父上が京へと帰還され、長く続いた京での父上の代理としての役目を終えることとなった。

 父上にはこの間の朝鮮と宗氏の事について書状で頻繁に報告はしていたが、母上や茶々殿、叔父上や柊様など親族が集まり帰還の祝いの場が設けられるので、その後にも話をしておくべきだと考えている。


 母上の「おかえりなさいませ」の言葉に皆が続き父上は鷹揚に「やっと帰ったわ」と言ったあと最も聞きたかった事を口にした。

「ねね、小一郎おっかぁの姿が見えんがまだ悪いんか」

「だいぶと良くはなってきとるが、兄さの相手は疲れるゆえ儂が止めたわ」と叔父上が冗談で返した。

「たわけが、じゃが良くなってきとると聞いて安心じゃわ、ねねよ小一郎ではよく分からん。どうなんじゃ」

「小一郎殿の言う通り良くなっております。床に伏せることも少なくなり、時には庭に出ることもございます。とはいえご無理はされぬ方がよいと思いご遠慮頂きました。お前様が東国よりまたおなごを連れて帰ったと知れば、また倒れてもおかしくありません」


 甲斐姫の事で母上から小言を言われるのを察してか、父上は話を変えようと目線を動かして茶々殿を見つけてると「そ、そうじゃお棄は変わりないか、更級より馬を教えられたとも聞いたわ上達はしたか?」

 茶々は側室の立場でこの様な場の中で答えて良いのかと、周りを見渡して迷う仕草をしていたの見つけた更級が「よく泣いて、私が馬を教えている間に仕事をしようと思っていたカタリナが静かな部屋を用意して欲しいと茶々殿に頼む程でした。茶々殿も筋がよく、まだ遠くまで駆けさせるのは不安ですが一人でも城内をゆるりと駆ける程度ならできるようになっております。そうですよね茶々殿」と助け舟を出した。


 それを察した茶々はようやくいつも通り「はい。早いのはまだ不安ですが、ゆっくりとなら一人でもできるようになりました」と明るく答えて、更級と仲の良い光景を見せて父上を喜ばせた。

 母上は何かを言おうとしていたが叔父上が「久しぶりの上洛で疲れたわ、おっかあはだいぶと良くなったし、松丸と一緒に西に帰るわ」といって言葉を遮った。


「餅よ。朝鮮からの使者を帰らせたと聞いたわ。いかがするつもりじゃ」事情は文で伝えてあるので、怒っているような様子はなかったがこの言葉にも叔父上が「おなごに聞かす話でもなかろう兄さ、調べは佐吉に任しとる。後で佐吉も交えてでよかろうが」と言ってくれた。

 父上も「まあそうじゃの」とこの話題を終えて、後は家族での一時を過ごすこととなった。



 翌日父上に呼び出され、朝鮮に対しての話の場が設けられた。

 叔父上と佐吉を含めて四名での話となる。

 四名が揃ってすぐに父上は「餅よ、いかがするつもりじゃ」と昨日と同じことを聞いてきた。

「朝鮮については父上の判断に任せますが、窓口が宗では戦はできないと考え朝鮮の外交から外したく思っております」と考えを述べる。

「朝鮮ごときに日の本は負けぬ。宗など関係なかろう」

 戦できないとの言葉に父上は反応したが、努めて冷静に返した。

「私のよく知る外交役は恵瓊坊にございますが、御坊はどちらにも正しく伝えます。ですが対馬殿は両者におもねり、例えばかつての毛利との和議が対馬殿であれば毛利に二カ国割譲といい、羽柴に四カ国割譲と伝えます。それでは和議が結ばれても話が違うとまた戦となります。そのような戦はしたくありません」


 自分がそういうと佐吉が「殿下」と宗の朝鮮外交について調べたものを父上に手渡す。

「成る程の、たしかに任せておけんの」

 素早く書類を読んだあと、そう表情を変えずに言ったと思えば「首は晒せ、ここに名のあるもの全てじゃ」と父上は冷淡に佐吉に命じた。

「小一郎よ松に朝鮮の窓口任せるわ。対馬も松にやる」

 その言葉に叔父上は「わしじゃないんじゃ無理は言うなよ兄さ」と平然と答える。

 処分を決めても平然と進む二人の会話に恐れを抱きそうになるが、それを振り払って父上に質問した。


「父上は朝鮮に攻め込むつもりでございますか?」

 それを聞いた父上は苦々しげに「日の本を統一した後は朝鮮に攻め入ろうと思っておったが、そちが使いすぎじゃ。呂宋の扱いが決まるまで動けんわ」と言った。

「とりあえず、期限を決めて朝鮮には済州の倭寇を討伐するように求める。松にはそう朝鮮に伝えさせよ」


 そういう父上に対して「父上、帝に朝鮮に済州の討伐を要請する許可を頂けませんか?」と聞いてみた。

「出来んことはないが何の意味があるんじゃ?」

「朝鮮は明の冊封国でございます。日の本の帝の要請と聞けば、それに従えば日の本の帝に従う事になり動く事はできないでしょう。日の本からすれば帝の要請を無視した国として扱うことができまする」

「そちは朝鮮はいらぬと思っておったが違うのか」

 父上の指摘は正しく、朝鮮への出兵は利が少ないと考えている。


「土地は貧しく、明を敬い日の本に従わぬ者ばかりで欲しくはございません。されど済州は明や朝鮮を抑えるのによい位置にございます。倭寇を征伐する気がないのであれば日の本が征伐するしかありません」

 小一郎叔父は「小牧から思うておったが、餅は性格が悪いわ」と笑っている。


「そいやあ、鬱陵島などと朝鮮の使者に申していたが、なんのことじゃ」と小一郎叔父は聞いてきた。

「松浦の者に聞いた話でございますが、長門の北方に朝鮮の者が鬱陵島と呼ぶ島があると聞きました。日の本では竹島と呼んでいるそうでございますが、朝鮮は倭寇の根拠地となることを恐れ島のものを本国に戻して、今は無人となっていると聞いております。朝鮮が要らぬのであれば日の本がもらっても良いのではと思いまして」

「なにか価値のある島なのか?」

 父上にそう聞かれると、特に何の価値もないことに気がつく。


 未来であれば領海の増大が望めるだろうが、現状は周りが海なので漁業である程度の民が養える程度しか思い浮かばない。

「正直なところ島であるので魚で多少の民が養え、何かに使えるかもしれない程度の島で価値はあまりありません。価値ある島であれば朝鮮も無人としないでしょう」

 そういったが父上はあまり気にしない様だった。

「まあええわ、とりあえず適当なものにやるわ。ニ百ほど送れば日の本のものと言えるじゃろう、そちの作った法のせいで人は余っとる。船の用意は任せるわ」

 佐吉が嘆いていたが、小田原征伐後関東で人売りの希望者が続出して万をゆうに超える民を買うことになった。

 その殆どが高砂の開拓や、豊臣領での開墾に回される。

 目には全く見えないだろうが、これも東国を弱め西国を強化する家康対策の一つになっている。


「朝鮮の扱いはこんなもんかの。島一つならさほどの用意も必要なかろう。期限は書状を送って一年とする。他に何ぞあるか」

 誰からも声は上がらなかった。

「しばらくの間は呂宋攻めの準備期間じゃ。大したことも起きはせんじゃろう。国許に戻ってゆるりと過ごすがよいわ」

 父上のその言葉で話は終わりとなり、それぞれが帰国の準備に取り掛かった。

 自分も仕事が終わり久しぶりに播磨に戻れることを喜んでいた。

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