第六十六話 朝鮮国書

 関東での戦も小田原開城の知らせも届き、大名に国替えが知らされつつある七月、聚楽第に朝鮮からの使者が到着し、父上への面会を求めて来た。

 すぐさま笑円に明や朝鮮の言葉がわかるものはおるかと聞いて、妙心寺の学僧をあたらせ、堺奉行にも早馬を出して探させることとした。

 幸いにも、流石は妙心寺というべきか朝鮮の言葉をわかるものでさえ何名かの僧が見つかり、聚楽第に招いて此度の朝鮮使節の対応に協力を要請したうえで、佐吉に使者となってもらい父上は不在であり今はその息子が代理となっていることを説明させた。


 朝鮮からの使者は困惑しつつも、それであれば先に息子に面会をしたいと言って来たので、父上が戻って来てから改めて面会を求めることもあるかもしれませんと説明したうえで面会を行うこととなった。

 自分一人で応対しては問題になりかねないと、叔父上や母上にも同席してもらうことを頼み、佐吉や大坂に上洛していた毛利輝元にも同席を求めて会談の準備を行う。


 事前の宗義智の説明では、父上が天下統一したことを祝い、父上から要請されていた済州島への倭寇討伐を決意したので参ったということだった。

 それを聞いて、なぜ唐入りを表明していないのにこの様な事をするのかと疑問に思ったが、父上を恐れてかと思い当たり、哀れに思うと同時にこの様な外交を許すことはできないと宗義智の排除を決意した。

 朝鮮からの使者は聚楽台に入り、後数刻すれば自分と会談を行うことになっている。


「勘兵衛よ、宗を取り逃がすことなどないと思うが、準備は万端であろうな」の問いに心外とばかりに「宗ごとき準備などなくとも組み伏せてみせます。これほどであれば漢の高祖ですら逃げおおせられません」と息巻いた。

「勘兵衛がそういうのであれば安心だな」

 そういって、朝鮮の使者の待つ謁見の間に向かった。



 朝鮮からの使者は予想以上の規模で、使者以外にも楽器を持つ者たちも連れて来ており、これから行うことに緊張していたが、何だか劇の一幕の様だなと思い立って少し緊張がほぐれた。

「遠路はるばる父上の日の本統一の祝いに朝鮮から来てくれたと聞いている。子として朝鮮の王に感謝申し上げます」

 こちらが用意した通訳には発言させず、通訳は宗が用意した者に任せている。

 対等な立場を演出しているのか、見下しているのかは分からないが礼は最低限にしてすぐに要件に入るようだ。


「国書は協議の結果、新たな日本国王にお渡しすることにいたしましたが、世子殿にもお祝い申したいと参りました」

 その言葉に苛立った表情を作って「使者殿しばしお待ち下さい」と声をかける。

 そして宗義智に向かい声を荒げた。

「対馬殿、貴殿は朝鮮に対していかなる説明をしておるのか。父上が日本国王になったと説明したのか。それに世子とは国王の世子であれば冊封国の世継ぎの呼び名であったはずだが、豊臣が明の冊封を受けた覚えはないゆえそちの用意した通訳の間違いであるのか。どちらか答えよ」

 思わぬ物言いに「通訳の間違いでございます」と咄嗟に用意した逃げ道に嵌った宗義智に対して「ではこちらで用意した者に任せる。異論はないな」と言って通訳の変更を認めさせ話を続ける。


 朝鮮からの使者に「申し訳ありません。通訳が間違った様で対馬殿が用意した者から私が用意した者に替えさせていただきます。失礼致しました」と言ってから頭を下げた。

 頭を下げた事に自尊心をくすぐられたのか、通訳の変更には使者からも異論は出ず会談は続けられる。


「父上が日本の国王であると誤って通訳は申しましたが、日本は帝の治める国で父上はその代理として政治を行っております。冊封を受けた覚えもございませんし、父上は国王を名乗ったこともございません。日の本からの要請として、朝鮮国王に済州島と鬱陵島の不届き者の成敗を依頼し、朝鮮国王からそれを了承する旨使者殿から聞かせて頂けると対馬殿から聞いており、両国の友好を確認したと思っております」

 通訳を通してその言葉が伝えられると、使者たちの間に混乱が広がる。

 宗義智から聞いていた話と全く違うのであろう。


「いかがされましたか?」

「そのような話をしに参ったのではございません。確かに日本から朝鮮に済州島への倭寇討伐を願う要請は受けましたが、我が国は了承しておりません」

「私は対馬殿からそう聞きましたが、使者殿は違うとおっしゃるのですな」

「その通りでございます」

 それを聞いて、顔を真っ青にしている宗義智に対して叱責する。

「貴殿は外交を偽り、関白殿下に嘘の報告を行うつもりであったのか」

 宗義智は何も答えられず、この間も通訳は行われている。


「対馬殿を捕らえよ。朝鮮との外交について取り調べる。こたび朝鮮に渡ったものも尽く捕らえよ」

 その命を受けて、渡辺勘兵衛らが次々と宗義智を始めとする聚楽台にいた朝鮮外交に携わった関係者を捕えていった。

 宗義智は急激な展開に何ら抵抗することもできずに戸惑うだけであったし、朝鮮からの使者はあまりの事態に目を白黒させて推移を見守っていた。


「使者殿、私が対馬殿から聞いていた話と使者殿のお話が全く違います。使者殿を日本に迎えるために朝鮮国王へも嘘を申しておるやもしれません。そのような話を元に作られた国書を渡すことは朝鮮にとっても利益とならないでしょう。改めて正式な使者をお送り致します。朝鮮国王の返答はその者に申し付けください」

 そう使者に伝えると、優位に立ったと思ったのか顔を赤くして何かを言おうとしていたがその言葉を待つことなく発言を行う。

「また。此度の事大変申し訳なく思っております。友好の証として金を朝鮮国王にお送りいたしますので、何卒水に流して貰いたい」

 そういって大量の金を見せると表情を一変させ「不幸な出来事はございましたがよき隣国と成れること願っております」と顔をほころばせて彼らは謁見の間を後にした。


 宗を取り除くために多少の金は使ったがまあいいだろう。

 それに要求は変わらない、正式な使者が来た時にどのような反応をするのかが楽しみだ。

 どうせ何もできないだろう、朝鮮半島へ攻め込むつもりはないが済州島と鬱陵島くらいは日本の領地としてよいだろう。

 朝鮮と明を大陸に封じ込めるのに済州島は何かと便利そうだ。

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