第六十四話 三者会談

 北条の討伐を控える1590年一月、徳川家康に嫁いでいた叔母の旭様が亡くなった。

 九州征伐が終わってしばらくした後婚儀が行なわれ、翌年なかのお祖母様が病気になり、見舞いとして上洛した後しばらく滞在してから駿府に戻ったが、茶々殿の懐妊を受けて家康の代理として昨年上洛、茶々殿の出産を見届けた後しばらく聚楽第に滞在し、そろそろ駿府に戻ろうかとなっていた所に病を得て闘病虚しく亡くなってしまった。

 家康との夫婦生活は二年と少しといった所で、聚楽第で過ごした期間も長かったので、二人で過ごした時間はさらに短いものだった。


 当然父上は気落ちしていたが、それよりもなかのお祖母様の傷心具合は相当で、見てられない程に気落ちしている。

 旭様は子がなく、夫とも長浜の頃に離縁することになったので、自然となかお祖母様の世話をすることが多かった。

 寡黙な方であったのでさほど関係が深いわけではなかったが、よくお祖母様と一緒にいる姿を見かけたことが印象に残っている。

 旭様の葬儀では父上は涙を流し、久しぶりに公式の場に出た小一郎叔父も悲痛な表情をしていたが、お祖母様は葬儀の場に出ることも適わず未だ床に伏せている。


 この場で久しぶりに家康と会ったが、家康は悲痛な表情をしており、お互い葬儀の場でのありきたりな言葉とはなってしまったが言葉を交わした後「こんな時で申し訳ないが、三河宰相殿これからも父上を支えて下され」と声をかけた。

 その言葉に驚いたかの様な表情を一瞬見せたのが印象的だったが、余り交流がなかったせいで、その様な言葉をかけられるとは思われていなかったのかもしれない。

 葬儀に出席した自分と更級はそのまま播磨を鹿之介と大谷吉継に任せて聚楽第に滞在し、お祖母様を心配して小一郎叔父も聚楽第に滞在することとなったので、葬儀に参加しそのまま更級についているあこ様も併せて、三人娘が久しぶりに聚楽第で勢揃いしている。

 叔父上はしばらく聚楽第に滞在する予定なので、万が一の場合はすぐに相談することもでき非常に心強い。


 二月になると次々と出陣し始めていたが、父上に頼んで佐吉は畿内に留め置いてもらった。

 関東への兵糧の補給や、万が一の際の動員など詳しいものがおらねば不安が残ると言うのが一番の理由だったが、小田原での失敗をさせないようにというのも理由だった。

 結果、小田原に向かう石田の軍勢は石田の家臣に任せて、当主の佐吉には近侍してもらう事となった。


 ただそのような理由であったとしても、それを知るよしもなく関東で軍功をと思っていたであろう佐吉には、悪いことをしたと思う。

「いつもすまない佐吉、そなたに頼り軍功の機会を奪っておるな」

 そういって頭を下げると佐吉は「軍功などより内府様に頼りにしていただけていると聞けたことの方が嬉しく思います」と言ってくれる。

 中央で頼りになり一番信頼を置けるのはやはり佐吉だと改めて感じる。

 この真面目でろくに世辞もいえない男に、いずれ必ず報いると心に決めて佐吉を見た。

 その佐吉は、今もなにやら難しい顔をしながら座っている。

 

 今は聚楽第の一室で佐吉そして叔父上と話をしている最中で色々と考えているのだろう。

「兄さから相談うけたわ、わしからも領地のやり過ぎじゃと申したわ。豊臣の威光があっても二百万石なけば東国を治められん者なら他でよかろうと言ってやったわ。隠居の身は気い使わんで楽だわ」

 冗談ぽく言っているが、それなりに覚悟のいる言葉だったはずだ。

「叔父上ありがとうございます」

「世話になるばかりでは叔父の面目がたたんでな」

 そういって笑ったが、すぐに表情を変えて「餅は信用できんのか?」と聞いてきた。


「大領を外様の者が持つのはやはり怖く思いますが、信濃で敵として対峙致しましたのでその印象が強いだけかもしれません。また、亡き半兵衛殿に三河殿に気をつけるようにと言われたからかもしれません」

 叔父上は「半兵衛殿が、いつのことじゃそのような話初耳じゃぞ」と言って驚いている。

「病で倒れ京にて療養されてた折、母上に無理を言って見舞いに参りました。その時でございます。流石に半兵衛様とて我らがこの様な立場になるとは想像もしておられぬはず、ですので総見院様の世で三河殿に気をつけよと申したまでと思い、口にしておりませんでした」


 叔父上はそれを聞いて少し考えた後「半兵衛殿がか、わしには見えとらん何かが見えとったんかもしれんの、ほうじゃ男子のうちどちらでもええ、この前摩阿が産んだ姫やるわ。兄さは餅の子と徳川との縁を結ばさせようとするじゃろう。婚約者がおれば断れるわ」といたずらをするように笑った。

「ありがとうございます。もう一人は公家の娘など迎え朝廷との縁を結ぼうと思います」

 この言葉が発せられると、小一郎や佐吉も豊臣の世継ぎは家康との縁を持つつもりがないことが察せられた。


 小一郎はそれを受けて佐吉に「分かっているとは思うが今日のことは兄さにも言うでない。豊臣の世継ぎが徳川を信用しておらぬなどと流れては大事じゃ。そちの役目があるゆえ頼む事しかできんが、大和大納言の今際の頼みと思うて胸に秘めてくれ」といって頭を下げた。

 佐吉も「分かっております。決して誰にも申しません」と言った。

 佐吉は真面目すぎる所があるが、そういう人間だけに言を違えることはない。


 しばし沈黙が続いて、叔父上は話題を変えようと思ったのか「南方はどうじゃ」と聞いてきた。

「高砂防衛のために予定以上に兵が増え、食料の輸送などしばらくは大騒ぎでしたが、今は落ち着き初めております。また最近になっていくつかの一族が集まり王を名乗る者どもがいると報告がございました。使者を送って懐柔に努めていると聞いております」

「明の様子は?」この質問には佐吉が答える。

「西笑承兌殿を使者として送りましたが、やはり日の本への侵略の意図は見えません。されど今回の事でも分かる様に、地方まで統制が取れているとは言い難い様子で此度のようなことが再度起こる事もありえます」


 その後に続けて自分も発言する「されど悪いことばかりではございませんでした。捕えた者の返還で福州の有力者との繋がりもでき、細々とではありますが福州高砂の貿易も始まっております。師匠に頼み農業に詳しい学僧を集め、明の農具や農法、農作物など手に入れるために福州に送ることも進めております」これには佐吉も「殿下によい事が報告できそうにございます」と満足気だ。

 叔父上は「そちのことだから何か狙いがあるのであろう」と笑っている。


「農具のことは分かりませんが、砂糖の製法を得たいと考えております。これを豊臣が握ればさらに力は高まりましょう」今回の明への学僧の派遣はサトウキビとサツマイモこの二つを得ることが一番の目的だ。

 佐吉は豊臣が砂糖を得ることの利益を浮かべ笑みが漏れている。

「今話すべきはこんなところかの、久しぶりで話疲れたゆえ戻って休むわ。また何かあれば知らせてくれや」

 叔父上はそういって自分の部屋に戻っていった。

 残った二人も少しの打ち合わせをしてから、部屋を出て聚楽第での三人の話は終了となった。



 小一郎は自分の部屋に戻ってから柊に「餅が徳川を嫌ろうてたなど全く分からんかったわ」と零していた。

「餅丸はあれで好き嫌いが激しいですから。徳川殿はかなりのようで分かりやすかったですよ」と柊は笑っている。

「何じゃ知っとったのか。いつから分かっとった」

「お前様より餅丸とは長くともに暮らしておりますから、臣下の礼を取りに初めて上洛してきた時に、それゆえ柚の婚儀を頼みました」


 小一郎は「柊にはかなわんの、他に誰かおるんか」と聞いたが柊はわざと意味を違えて答えた。

「朝日様と姉様はお分かりになるかと、あこ様はあの性分ですので細かくは見ないでしょうが、大事なところだけはわかるはずです。後は更級様は確実に、おまつ様やカタリナ殿は私達よりともに過ごした時間は少ないですが、聡い方ですので分かるかもしれません」

 小一郎は深い溜め息をつき「おなごは怖いわ」と零す。

「安心して下さい。殿下やお前さまのことは大好きで嘘はありません」と笑う。

 小一郎は「そんな事はわしでもわかっておるわ」と不機嫌そうな声で零したことだけが、小一郎にできる柊への抵抗だった。

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