第五十八話 娘と婚約
1589年の三月下旬、自分は昨年あったことを思い返していた。
有名な刀狩令が公布されて、自分が任されている領地でも刀狩を行った。
ほとんどの物は、釘など各地の建築に使えるようにしたが、鍬や鎌などの農具に変えて牛のつがいとともに村々に配ったりもした。
取られるばかりでは、不安が貯まると思ったのと、値段のためか予想以上に牛が農村で使われず、余らすくらいならば配ってしまえと考えたからだ。
牛の増産は、食べることに繋がらなくても、農作業に使う牛が増えて結果農地が増えたり、安くなって手に入れやすくなれば十分と思っている。
造船所の目的は、今は軍船や商船が主になっているが、船の性能が上がって漁師が少しでも安全になったりとれる魚が増えたりすることも目的の一つだ。
国を大きくするには結局人口で、人口を増やすためには食料という考えが根底にある。
なお未来で日本の食料庫になっている蝦夷地にはまだ手を出せないと考えている。
寒さ対策が十分でなく、今開拓を行っても、無駄に死者を出す結果としかならないだろうという判断だ。
南方が落ち着けば、まずは漁業基地として入植し、原住民と貿易を行って越冬の技術を得てから本格的に開拓に乗り出そうと思っている。
さて、今なぜこんな事を考えているかと言うと、更級の出産を待っていて不安で仕方が無いからだ。
今回も父上は吉報を待ちわびていて、なぜか恒例となってしまった播磨へのまつの母上の下向も行われている。
さらに今回は、母上が小屋殿を連れだって播磨へ来ていた。
しばらくすると、妙齢の女性が走って報告に来て「先程若政所様、姫君をお産みになられました。若政所様、姫君ともに仔細なく、誠におめでたく豊家……」
まだ何か言っているが、最後まで聞かずにすぐに更級のもとへ向う、初めての姫ということで喜びも大きい。
名はなんとしようか、誰に嫁がせるか、そんな事ばかり考えつつ足早に歩いて初めて娘の顔を見た。
「更級よくやった姫よ更級とわしの姫よ。名はなんとする?早く元気になってあこ様やカタリナも交えて考えよう。嫁ぎ先はどうする?少し考えたが八郎の子などどうだ。まだ産まれておらぬから、元服を待つなどと言って長く手元におけるぞ」
早口で捲し立てる自分に更級は「男子を産めずに申し訳ありません」と言ってくる。
「もう二人も産んでいるではないか。更級は姫が嬉しくないのか?」
「嬉しいですがでも」
「ならそれでよい。もう正室の役目は十分果たした。後は男子でも女子でもよいではないか。自分は更級との子が増えるだけで嬉しい」
「はい」
その様な話をしていると母上から「仲が良いのは良きことなれど、皆の前では控えなさい。見ているこちらが恥ずかしい」と言われて二人して俯いた。
*
父上への報告を文にして、渡辺勘兵衛に持たせた。
「瑞雲丸の折には市松が父上のところに駆けたことは知っていよう。豊家一の剛の者に我が家中一の剛の者は負けぬと示してみせよ」と発破をかけたのですぐに父上に伝わることだろう。
その後は母上達の部屋に訪れた。
朝日様、あこ様、まつの母上に小屋殿やカタリナなどもいる。
部屋に入るとすぐに母上から問われた。
「しかし餅丸、八郎の子になどと気が早いことを言ってはおりましたが、カタリナはどうするのですか?」
「名が大きくなりすぎましたし、情がうつりすぎました。更級に仕え続けて欲しいと思っています。なので領地を与えることになる武家には嫁がせ難く、誰がよいか見当がつきません。ですが小屋殿もどうなさるのですか?」
母上は困ったような顔をしていた。
「餅丸と同じです情が移りすぎました。長浜の頃から仕えてくれて、幼子の折からずっと見ておりましたから今では娘のようで、とても嫁がせる気にならずに今まで置いておりました。ですが大谷の家は豊臣の縁者、どこか良縁があればと相談したいと思い連れてまいりました」
それを聞いて小屋殿が来た理由は納得したが、頭を悩ませる。
そんな時いつものように明るくあこ様が発言した。
「小屋殿は私にはどうしていいか分かりませんが、カタリナは簡単です。私の娘になったらいいのです。私の二番目の子(木下延俊)は、宗乙坊も言っておりましたが私もとても戦で活躍できるとは思いません。年はカタリナより若いですが、若すぎるほどではありませんしね。本人には奥の管理でもさせてくださればカタリナを娘に出来て私も嬉しいですし、ずっと一緒にいれます」
名案だとばかりに得意気な顔をしている。
カタリナは困った顔で恐縮しながら「親も分からない私が豊臣の縁者など恐れおおいです」と言って縁談を断ろうとするがあこ様がそれを許さない。
「別に気にしなくていいですよ。カタリナのことは良い娘だと思っていますし、どこの生まれとかは今更な気がしますから」
あっけらかんというあこ様に、朝日様は特に何も言わないし、母上はお気に入りの甥が気に入った娘と婚姻するので反対はしない。
「カタリナはどうなのだ?」
そう聞くと「私一人ではとても決められません。お元気になられてから更級様にも相談したく思います。それに殿下が反対すれば話もなくなります」と答えた。
更級は喜ぶだろうから決まったなと思った。
父上はカタリナの能力を買っているから反対はしないし、してもこの様子だと母上が説き伏せるだろう。
「そうだ、半兵衛様のお子はいかがですか?母上も幼い頃から知っておりますし、姫路ならいつでも会いにこれます。姉の徳殿も姫路の城にいますから小屋殿も心強いでしょうし、更級も喜びます」
母上はしばらく考えたが「手元に置きたい気持ちはありますが、小屋のためを思えばそれが一番よさそうですね。一度ともに戻って支度をいたします。茶々殿のお子のこともありますし、少し遅れるかもしれません」と賛成してくれた。
「出産が近づけば私も参ろうと思っております。時期が近いので更級を伴えるかは分かりませんが、茶々殿とは文で親しくしている様子で、お子を楽しみにしております。もし止めねばならない時はどう止めたものかと案じております」
まつの母上は微笑んで「いつもの調子であれば大丈夫でしょう。更級様と茶々殿の仲が良い事は殿下にとっても大きな喜びに違いありません」と言ってくれた。
父上に更級が大喜びする姿を見せてやりたい。
それだけで父上の心配はなくなるはずだ。
更級とともに茶々殿の出産に赴けることを願っていた。
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