第五十六話 高砂占領
高砂への侵攻を予定していた1589年の正月に叔父の小一郎が突如上洛してとんでもない事を言い出した。
「兄さわしゃあ領土を兄さに返そうと思うとる」
父上はあまりの驚きで何も言えなくなっているようだった。
「兄さもわしの体の事は知っていよう、一年経ってわしは思うたんじゃ、わしが生きてる間はどうとでもなるわ、じゃが松丸はまだまだ若いわ。家臣たちは精一杯支えてくれるじゃろう。でもな、まだ戦は続くじゃろう。わしが死ねば百万石の荷が勝つわ」
父上はなんとか言葉を絞り出し「そうは言うがな」と反論した。
「それに兄さは気前が良すぎるわ。わしに大和を与えて、餅丸に播磨を与えて、兄さの領土は少ないでないか、足しにしてくれや」
いまだ呆気にとられている父上に対して、小一郎叔父は「言いたいことは言ったわ。少しおっかあのところに行ってくる。後は餅丸と相談して決めてくれや」そう言って父上のもとを後にした。
高砂の事を父上に相談しに来ていたが、そのようなことは頭から吹き飛んで叔父上の言葉ばかり考えていた。
「父上いかがするのですか?」
ついつい声が大きくなっていた。
「小一郎の言いたいこともわからぬではないが、今は動かせん」
北条の上洛を求めているが、北条は真田の持つ沼田領を求めており、先日北条からの使者に沼田の一部を引き換えに再度上洛を求めていた。
「そちの舅に泥を被ってもらったわ。これで上洛せねば戦よ」
「国替えをするなら、北条が解決してからでございますか」
「おおよ、東が不穏なままではの。小一郎の事、腹案はあるか?」
そう言われて思った事を父上に伝える。
「父上が叔父上の言葉をよしとするのであれば、九州に置いて頂きとうございます。九州なれば森、島津と叔父上の縁者も多く、何より朝鮮の窓口をいつまでも宗に任せたくございません」
父上が興味深そうに「何かあったのか」と聞いてきた。
「いえ何も、ただ長く朝鮮との取次を行っているゆえ朝鮮に気を遣いすぎるのではと、それに他の国との交渉は豊臣が行いとうございます」
朝鮮に対して気を遣うことよりも、取り繕うために平気で豊臣にも朝鮮にも双方に嘘をつき真実を伝えないことが問題だと思っていたがそれは伏せた。
小大名で朝鮮との交易が命運を握っているという同情すべき点もあるが、わざわざ弱みをもつものに外交を任せる必要はないとも思っている。
「なるほどのう、毛利はどう思う」
「父上が決められたのであれば恵瓊坊とも話して見ますが、筑前宰相殿は中国にて宗家を支えたいと考えているはず、九州の地を手放すのも納得いたしましょう。ただそうなると久留米が飛び地となります。私は代わりに伯耆を手放してもようございます」
父上は少し考えて「石高は減るが中国の領地であれば毛利にとっては悪くないと考えるやもしれんの」と言った。
「はい。ですが叔父上のことゆえ父上にお任せいたします」
父上はそれ以上叔父上のことは何も言わなかった。
「して今日は何用で来たのじゃ。大方高砂の事と思うが」
「申し上げ難いことなれど人が足りませぬ」
「冗談でねえわ。兵は四万も用意しておる。それに倭寇どもの拠点と鉄砲もない未開の民がおるだけと聞いとるわ。全く問題なかろうが」
父上は一気にまくし立てた。
「戦は問題ありませぬ。されど高砂が日の本に入った後、田畑や家を作るのにはいくら人がいても困りません。人を送り込み続けて頂きとうございます」
「それはそうであろうが、しかし領地の開発とはいくら金があっても足りんものじゃな。日の本のあとは朝鮮にと思うておったが、後回しじゃわ」
確かに南方に人も金も使っているし、これからも必要になる。
天下統一後すぐさま唐入りするのは難しくなったのだろう。
「それと」
「まだあるのか」
父上は大きなため息をした後聞いてきた。
「半兵衛様の嫡子、丹後守殿を頂けませぬか?家臣は集めておりますが、やはり知った者が安心できまする。それと菅平右衛門も、水軍を知るものを増やしとうございます」
「なんじゃそんな事か。よいわ半兵衛の義弟源助も持っていくがよい」
いつか半兵衛様には恩を返したいと思っていた。
菅達長殿は今後、来島、加藤嘉明の両名が日の本を離れることが多くなることが予想され、その際に水兵の訓練を任せる事のできるものが必要になる。
訓練を任せるのにうってつけの人物であると考えたのだった。
「もう何もあるまいな」
父は少し呆れた表情で聞いてきた。
「はい。何もありません」
「わしは今日は疲れたわ。じゃが小一郎と話をせねばなるまい。おっかあのところへ行ってくるわ。餅丸はどうする」
「母上に挨拶してから播磨に戻ろうと思っております。すぐに出陣にて一刻も早く戻らねばなりません」
「ほうか。戦勝の報告待っておる」
そう言って父上は部屋を後にし、自分は母上に短い挨拶をしてすぐに播磨に戻った。
*
高砂に向かう船団は琉球征伐を慶事として同じ三月一日に姫路から出港していった。
兵数は水兵たちを除いてさえ四万を数えるが、各地の村から次男以降の者たちや仕官を求める牢人をかき集めた結果で、殆どの者はすぐさま屯田兵として田畑の開墾や道路の作成などに従事する事となる。
倭寇の討伐後も兵として働くものは、尼子の二千、加藤清正の千五百、そして一柳直末の千と合計五千にも満たない。
そのものたちも城や砦の普請に追われる予定だ。
また、建築資材として大量に必要となる木材は、島津を始めとした九州の諸大名から大量に買い付ける予定で、九州征伐後資金難にあえぐ九州勢にとって慈雨となるだろう。
高砂では、軍を三つに分けて、未来でいう台北に尼子、台南に一柳と松浦、高雄に加藤を上陸させた。
重視されているのは日本に近い台北と、南蛮との前線基地にする予定の高雄で、当然送られる兵数も多い。
同行を要請した松浦水軍ら倭寇と関わりの深い者たちを仲介に、倭寇を取り込むことも計画されている。
原住民への対応については任せているが、融和政策を取るようにと伝えてはいた。
何よりもまずは日本人を増やすこと、そうすれば自然と同化されていくし、そうなれば日本の民だ。
数ヶ月後には、送った兵の家族を中心にさらに三万の移民が計画されていて、父上の動き次第ではさらなる移民も期待できるだろう。
ただ高砂占領の計画を作ってみて、勢力を広げるのは簡単だが日本化させるとなると費用と人が予想以上にかかる事が分かった。
自分は日本を大きくしたいのであって日本人を広めたい訳ではない。
何百年か先に独立してしまうのでは意味がないと考えている。
最初となる高砂の統治は必ず成功させなければならない。
そのための法も父上に提案した。
父秀吉も日本の領土が大きくなることを、思った以上に金がかかると愚痴りつつも喜んでいる。
唐入りが延期されそうなのは予想外のことだったが、どの様に対処するか考えがまとまっていなかったので時間の猶予ができたことはありがたかった。
明や朝鮮の勢力が衰えるのは日本にとって喜ばしいことだが、それによって引き起こされる清の誕生は歓迎できることではなかったからだ。
ただ今まで行った政策だけでも、日の本の民の目を海外に向けることができただろう。
琉球や高砂が軌道に乗り利益を生み出し始めれば、よりその勢いは強まっていく。
日の本は拡大政策に舵を切り、海外との衝突も増えていくはずだ。
日本にとってよいと信じて決断したが、難しい道を選んだものだなと思った。
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