第四十八話 外交文書

 1587年八月一日、父上と共に参内する事となった。

 これに伴って内大臣への任官が決まっている。

 父上が内大臣を経て関白に就任したことから、いずれは関白を譲る腹積もりであろうと公家の中では噂されている。


 ただ、今回は前回の大納言就任の時とは違い、下問があった内容は伴天連への対応についてだ。

「主上におかれましては、この度の伴天連の事について、豊臣の考えを聞きたいとの思し召しでおじゃります」

 父の目配せで自分が答えることとなった。


「恐れながら申し上げます。豊臣は今回の伴天連の動きを蒙古の役以来の日ノ本への侵略であると考えておりまする。大名を伴天連の者として領土を寄進させ、兵馬を揃える富を得るために異国に連れ去られた民は万を超えるとも伴天連を調べた奉行は申しておりました。まずは日ノ本より民を連れ去ったポルトガルとの交易を禁止して、ポルトガル、イスパニア両国王にこの度のこと詰問いたし、十分な回答が得られぬ場合は民を救うため戦もやむなしと思うておりまする」

 朝廷に豊臣の決定を止める力はないが、それでも衝撃的な内容であり公家たちもざわついている。


 重ねての下問はなかった。

 朝廷としては今のところ賛成とも反対とも態度を明確にしたくないのであろう。

 豊臣としても、方針を帝の耳に入れるのが目的なのでこれで問題ない。

 父と共に内裏を退出し、完成間近の聚楽第へと移動し外交文書の作成に取り掛かった。



「なんじゃ餅丸、この前の娘を連れてきよって、やはり側室にするつもりか?」

 カタリナは以前会って父がこういう者だと分かったのか、前の様に驚いたりはしていない。


「父上言うておりませんでしたか?カタリナは長崎で伴天連の言葉を学び、読み書きもできると聞いております」

「そうであったか、佐吉に長崎より何名か連れてこさせたのが無駄になるやもしれんの、しばし待っておれ小一郎が後少しで参るわ」

 叔父上を待つ間、父上は茶でも入れようかと言ってカタリナに茶を点てていた。

 その間、叔父上が来たら呼びに来て欲しいと言って、この場に笑円をおいて母上に挨拶をしに行く。


 一刻程で叔父上が到着したとの知らせを受けて、父上のもとへと戻る事となった。

 叔父上は部屋に入って早々「兄さなんじゃその娘は、この様な場にまでおなごを連れて来るようになったとはわしは情けないわ」と父上に言った。

「勘違いするでにゃあわ小一郎、これは真田安房守の娘で伴天連の言葉がわかるらしく右筆として置いとるだけだわ」

 父上は嘘は言ってないが、小一郎叔父で遊ぶ気なのは分かった。


「なんで安房守の娘が伴天連の言葉がわかるんじゃ、まあええわおなごが一人いても変わらんわ、兄さのほらに付き合うのも疲れる、早う話に移ろうぞ」

 父上は全く相手にされなかった「ほらなんぞ言うておらぬわ」と恨み節だ。

 だが小一郎叔父は父上を無視して話しかけてきた。


「まずは誰に送るかじゃ闇雲に送っても仕方あるまい腹案はあるか」

「前にも申した通り明の皇帝にも漢文に直して送りましょう。ポルトガルの対応に変化がみられるかもしれませんし、上手くいけば貿易再開のきっかけになるやもしれませぬ」

「まあ大した手間でもないわよかろう」

 これは顔つなぎ程度ができれば御の字だと、三人共思っていて大した期待はしていない。


「後は天竺にあるゴアにポルトガルの総督と呼ばれる人物がおると聞いております。また呂宋にもイスパニアの総督がおると聞きました。かつて毛利を任された父上のように、南蛮の王に日の本や明のことを任されておりまする。ここには送らねばならぬでしょう」

「わしらには南蛮の国の場所分からぬ。そのものらに王への書状渡すがよかろう」

 小一郎叔父の言葉だ。

「後は先程申したゴアに伴天連の布教本部があるとのことです。そことローマにいる彼らの法主にも届けたいと思うておりまする」

「国王に二通、総督とやらに二通、伴天連と伴天連の法主で二通、明に一通の合わせて七通か」

 本当はイングランドやオランダにも送り、アジアにスペインに対抗している国があることを伝えたかったが、伝手がなかった。


「カタリナ南蛮へはどの言葉で送ればよい?」

「ラテン語一つで十分でございまする」

「カタリナ?安房守の娘でないのか?」

「叔父上後で説明いたしまする。では同じ内容のものを日の本、漢文、ラテン語にして、三つの言葉を一つの紙に書いて送りましょう。内容は父上いかが致しましょうか?」

「一つ、日の本の主の許可を得ず、勝手に領主からの寄進を受けて、長崎の地を教会の領土としたばかりか武装して我が国の支配に抵抗したこと。

 一つ、誰の許可も得ず日の本の民を買い。他国に売りさばいたこと、我々の調べでは一万を超える民が売られたと調べはついておる。また長崎を我が国に取り戻すべく攻めたところポルトガルの船からの五百を超える民が見つかり、教会もそれに協力していた証拠も手に入れておる。

 一つ、領主を惑わし我が国の寺や神社を破壊させてこと、これも言うまでもなく証拠を手に入れておる。

 一つ、自らに協力した領主に対し鉄砲、大砲など提供し我が国を乱れさせたことこれも同じくである。

 一つ、盛んに本国やマニラ、ゴアに援軍を求め我が国への攻撃を計画したこと、これは貴殿らも知っておることであろう

 これらから、日の本はポルトガルとイスパニアが伴天連を使った侵略を行なったと断じ、今後一切のポルトガルとの交易の禁止と、両国の距離を踏まえ五年以内に我が国が納得できる返答がない場合はイスパニア、ポルトガルに対して攻撃を行うことを両国王へ伝えるものである。日付じゃ」

「後は、誰に送ったのかと。遠方への書状ゆえ複数枚同じ物を書くこと伝えればよかろう」

「はい、伴天連どもに渡すだけでは、内容を見て握りつぶすやもしれませぬ。金を渡して堺にいるイスパニアやポルトガルの商人にも持たせましょう」

「書けたか?」

 日本語は父の右筆が、漢文は笑円が、ラテン語はカタリナが書いた。

 当然のように日付は西暦に直してくれていた。


「本当に伴天連の文字を書いておる何なんじゃこの娘は」

「笑円とカタリナを疑うわけではございませんが、他のものたちにも間違っておらぬか確認させましょう」

「うむ念には念を入れた方が良かろう」

「兄さ餅丸、説明をしてくれや」

「後でいたしまする」

 そう言って、何名かが確認をして書状は完成した。

 その後は、確認に来た者たちも含めて書状を書き写し大量の書状を作った。

 そういえば叔父上への説明は結局忘れてしまった。



 フロイスは、秀吉から渡された書状を持ってゴアへの船に乗っていた。

 周りには同じ境遇の国外追放となった者たちがいたが、そのうち何人かは船に乗っていなかった。

 高給を提示され日の本に忠誠を誓うのであればという言葉に騙されて、神の道を捨てたのであった。


 京の教会は壊されることはなかったが、今はロレンソが責任者となっている。

 豊臣の者どもは我らを追放して、教会を日本人の物にしてしまった。

 船に乗っている間考えるのは日の本のことばかりだ。

 ただそんな日々も永遠には続かず、数ヶ月かかったがゴアに到着した。

 あれ程使命感に燃えてこの港を出たのに、あの頃の私が今の私を見ればどう思うのであろうか。

 とはいえまずは報告に行かねばなるまい。

 そう考えてヴァリニャーノ殿に面会を申し込んだ。


 すぐさま面会を許されたヴァリニャーノ殿の顔は苦悶の表情だった。

「秀吉からの書状は見たこれは事実なのか?」

「概ね事実です」

「証拠を手に入れていると書かれておるがこれもか」

「長崎への攻撃は奇襲でした。書類を処分する間もありませんでしたからおそらく」

 深い溜め息と共にヴァリニャーノは言葉を発した。

「つまり日本でのカトリック勢力は壊滅し、日本人にはコエリョの行いが全てつかまれておるのか」

 その言葉を聞いてフロイスは使命を思い出した気がした。

「すぐにでも日本を悪魔の支配から開放しなければなりません。秀吉もその息子も悪魔の手先となっております」

 フロイスには見えていなかったが、彼の熱を帯びた言葉を聞いてもヴァリニャーノの表情は変わっていなかった。

 


 フロイスとの面会を終えたヴァリニャーノは先程のフロイスの言葉を思い出していた。

 これ程のことがあってなお日本に神の教えを広めようとする姿は立派であるとも思う。

 だがヴァリニャーノはその姿を見て、フロイスも日本で死んでくれていたらとさえ思った。

 日本での布教でどれだけの失敗を侵したのか、これが国王や教皇猊下に知られる意味を全く理解していない。

 イエズス会自体が壊滅の危機にあることをわかりもしない。

 ただ使命感に突き動かされているだけで、何も顧みない姿に何の遠慮も必要なくなった。

 フロイスたちは異端を信じて日本の地でそれを実行したのだ。



 ゴアの総督である彼は秀吉の書状を見た途端、怒りに身を任せ周りにあるものを投げ、殴り、あるいは蹴ってその解消に努めた。

 書状を持ってきた役人はいつも冷静な彼がこの様な姿を見せていることに恐怖を覚えた。


「神父であれば教会にこもって祈っておればよいのに、政治の分からない馬鹿に任せるからこうなるのだ。すぐに日本人を集めろ。渡すのに抵抗した者がいたら殺してもよい。ゴアの副王の名前で謝罪して奴隷を返還する」

 役人は不思議そうな顔をしてそこまでせずともと言った。


「宣教師からの報告を見ていないのか、彼らが九州と呼ぶ島で二十五万の兵が戦い、鉄砲の数は五万以上だ。長崎で船が拿捕されたことは聞いているな。すぐに同じ物を作って攻めて来るぞ」

「そのようなことは」

「鉄砲があの国に伝わって五十年も経たぬうちにこれほど増えているのだぞ、五年はそのためと考えることもできんのか」

 叫ぶような怒声だった。


 本当にあのイエズス会の馬鹿どもは余計なことを、今後一切支援などしないように国王にも伝えねば、そして何とかあの国の怒りを解かなければ、アジアの全てを失うことになりかねん。

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