第四十七話 最悪の日

 長崎を出て博多に着いたのは、七月五日の昼過ぎとなっていた。

 この頃となると動員は解除されており、叔父上は父上の代わりに大坂城へ入るべく上方に戻っていたし、毛利を始めとする諸侯も次々と国許に戻されて、父から援軍として借りていた前田を始めとする軍勢も役目を終えたあとは帰国していた。


 自分が率いていた自国の二万の兵と、水軍衆も鹿之介や小西行長に命じて大半を帰国させている。

 ここにいるのは、父上が率いる六千程の兵と、自分の率いる四千程の兵だけだ。

 早速何人かの供を連れて父上のもとに向かう。

 連れて行くのは、兄上(真田信繁)と右筆の笑円、セミナリオで会った通訳候補の三名の少年と少女カタリナ、そしてフロイスだ。


 長崎に向かう途中は何やらうるさく行っていたが、このところフロイスは全く話すこともなくなり、白い肌が青白くなって幽鬼のようになっている。

 長崎では抵抗した者や、奴隷船を率いていた者たちを殺害し、それ以外の異国の者たちは全て捕らえているからそうなるのも仕方がない。


「話は聞いておる。博多ではコエリョと南蛮の水軍頭を捕らえておる。京でも所司代に命じてオルガンティノを始めとする者ども捕えた。右近めもじゃ」

 その言葉を聞いて、フロイスの体がびくと動いた。

「捕えた者どもは畿内へ送り、佐吉の報告を待って沙汰いたす」

 フロイスはそれを聞いて、絞り出すような声で「どうか御慈悲を」と嘆願した。

「知らぬわ、分別なく勝手したのはそっちじゃわ。聞いたぞ長崎では五百のものがいたと、これ以上たわけたこと申す気ならここで死ねや」

 父上は怒りに任せて周りが見えていない状態に思えた。


「父上」

 そう言って、カタリナの方をみた。カタリナは恐怖で青ざめている。

「餅よ、なんじゃこの娘は、おおそうか側室を持つ気になったのじゃな。してどこの娘じゃ?」

 この場に母上がいなくてよかった。

「父上そのようなことばかり申しておると、また母上に叱られることとなりまする」

 そういった後カタリナの事を説明した。

 話を聞いて父は大いに同情して涙ぐみ、カタリナに優しく語りかけた。


「そうであったか。父も母も里も分からずこれまで生きてきたと、そうじゃこれからはしばらく大坂で暮らすがよい。良き父もわしが見つけよう。里がなければ日の本全てがそちの里じゃ」

「殿下が父親を?」

「そうじゃ。それまで大坂でしばし好きに暮らすとよいわ」

 カタリナは戸惑いつつも父上に断りの言葉を伝えた。


「殿下が父を探してくれると聞いて大変嬉しいお言葉だと思いました。ですが更級様の侍女になると先に約束いたしました。大坂では更級様の侍女ができません。ですのでどうかご容赦を」

 その言葉を聞いて父はさらに気に入ったようであった。

「そうか、約束をまもるは大事なことじゃ。残念ではあるが仕方なかろう。されど来たくなればいつでも大坂に来るがよい。誰ぞ今のことしたためてカタリナに持たせよ」

 懸念であったカタリナの扱いは父に認められた。


「父上フロイスは?」

「わしが連れて行く。さすがにポルトガルとの貿易を禁ずるのであれば、帝にも伝えておいたほうがよかろう。書状のこともある。一度播磨に戻ったあとはすぐさま上洛せよ」

「わかりました」

 こうして、播磨に戻ることとなり、父上とはしばしの別れとなった。



 播磨に戻った後は、家臣たちの報告を聞いていた。

 長崎の影響でしばらくは、明からの絹が期待できないことから、福島正則の領土でも養蚕に協力してもらい増産すべきではないかとの意見が出てすぐに了承した。

 またこれからはさらに船が必要となることから、同じく福島正則領の今治に目をつけて、そこにも造船所を作るべきではとの意見が出てきたのでそれも了承した。

 セミナリオから引き抜いた少年たちは早速小西行長に扱いを任せて、船員たちから船について聞かせている。

 さらに、高給などもちらつかせて船員たちの日本への引き抜きも計画中だ。


 これでとりあえず今必要なことは終えたと考えて、妊娠した更級のもとに行ったのだが様子がおかしい。

 何やら距離が空いている気もするし、周りにいるあこ様たちの雰囲気もおかしかった。

 しばらくお互い様子を探っていたが、あこ様が我慢できないと口を開いた。

「餅丸殿は違うと思うておりましたのに、何の臆面もなく妻の妊娠中に側室を連れて戻ってくるとは見損ないました」

 あ、これは勘違いされているそう感じた。


「カタリナは違うのだ。私が好いておるのは更級だけと知っていよう」

「男は皆そういうのです。騙されてはいけませんよ更級殿。私も最初はそう言われました」

 その後カタリナの事について一生懸命説明した。

「さすがは餅丸殿でございます。私は信じておりましたよ」

 この叔母を放り出してやろうかと久しぶりに思った。

「申し訳ございませぬ。だからその目をやめてください」

「そういえば更級に奥を整備すれば側室を持たれると吹き込んだのもあこ様であったと今思い出しました」

「そのような昔のことまで、うっ、私が悪うございますだからその目は」

 まあ、あこ様らしいといえばあこ様らしい、これで懲りてくれればいいが……


「お前さま、私は我慢できますから」

 そういう更級にいつも通りの言葉をかける。

「更級がいいし、更級だけでいい」

 それだけ言ってこの話は終えて、九州へ行っている間の話など聞いて穏やかな時間を楽しんだ。



 七月末、僅かな供を連れて大坂へ入った。

 カタリナも連れて来ている。

 京や大坂を見せてやりたかったというのもあったが、なりよりセミナリオの少年たちに、イスパニアやポルトガルに書状を書いてもらうかもと伝えたところ、カタリナの方が良いと声を揃えて言ったのが一番の理由だ。


 しかしただのおなごではと零したところ、いつの間にか仲良くなっていた更級が「では妹にします」と義父の真田昌幸に文を出した。

 返ってきた義父の文は『養女にするのはよいですが、久しぶりに娘から文が来たと喜んで読んだのに、かたりなを父上の養女にします。とだけではあまりにも寂しい、婿殿からも何とか言ってくだされ』という余りに哀愁漂う内容だった。

『申し訳ございませぬ。私からも申しておきます』という文に、更級の様子や播磨のことなど添えて読み応えのある文にして送り返しておいた。

 何かの慰めになることを祈るばかりである。


 こうして真田カタリナとなったカタリナを母上に預けて、父上との会談に臨んだ。

「ちょうど先日佐吉からの報告も来て、処分も決まったわ、京に送ってそこで始末となった。その後参内してから追放となった伴天連に国王への書状を持たせて南蛮に送り返す」

 処分の内容は、有馬、大村、高山の三名は所領没収の上、一族のもの含めて家臣など協力したものは死罪となった。これだけで百人以上が対象だ。

 波多の家は所領没収の上遠島処分となった。


 伴天連の者たちはコエリョを筆頭に長崎の宣教師を中心に五十名程が死罪となり、残りのものは国外追放とされた。

 貿易船の総指揮をしていたドミンゴス・モンテイロも死罪。

 他にも商人など協力者と思われる人物も死罪となり、全てをあわせると二百名近くが死罪となる。

 フロイスやオルガンティノは死罪を免れたが、国外追放となった。

 しかし追放される前に、宣教師たちの刑を見ることになっている。

 この結果日本での伴天連勢力は壊滅するに違いない。



 フロイス日本史より

『この日私たちの目の前で行われている光景は、余りに酷たらしい悪魔の所業であった。目をくり抜かれ、耳と鼻を削ぎ落とされたコエリョ殿は、悪魔の炎に身を焼かれながらそれでも神の教えを捨てることなく、神への言葉を続けていた。ただそれでも悪魔に魅入られた者たちの蛮行は終わることなく、我が友を、我が兄弟を、我が子らを次々と父のもとへ送り続けている。今日という日が神を信じる者たちにとって最悪の日となった事は間違いないことであった。サタンはこの日を神に勝利した日として喜びの日とするであろう。しかし悪魔の栄光は永遠に続くことはない。いつの日かこの悪魔に支配された国にも神は勝利し、神の恩寵を知ることになるだろう。私はその日が早く訪れることをただ祈り続けたのだった』

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