第四十六話 少女の旅

 長崎を占領した自分が、最後に向かったのは長崎のセミナリオだった。

 ここでは、キリシタン大名や有力者の子弟たちが神学を学んでいたが、今回の長崎占領で教師であった伴天連も捕えられ混乱が広がっていた。


 セミナリオに到着すると、そこで学ぶ日本人の伴天連たちを集めて、誰の許しも得ず勝手に自らの領土としたこと、日本人の奴隷を他国に売りさばく協力をしていたこと、寺社を打ち壊した事がこうなった原因であると説明した上で、調べを進めるために協力してほしいと伝えた。

 反応は様々で親の敵のような目で自分を見つめるもの、ただただ呆然とするもの、どこかで何かを知っていたのか納得しているものもいた。


 長崎にいる民にも説明したが、伴天連の教えを禁止するために来たのではなく、関白殿下も自分も各々が好きな教えを選べばよいと思っているし、教えを強制する事はないとここでも説明している。

 誰からか教会はどうするのかと質問があったので、昔、仏の教えを広めるために日の本に僧を招いたが今は日の本のものが仏の教えを広めている、それと同じ事をすればよいと答えた。

 この言葉は、若い日本人伴天連の胸を打ったようで、使命感に燃えている者も多い。


 結局長崎では十日程滞在することになり、その間に日本人の教会責任者を任命したり、セミナリオの教育者を選んだりと忙しく過ごした。

 またセミナリオで学んでいた者の中から語学に堪能で身寄りのないものを、播磨に連れていき通訳にしようと思い付き、条件にあった三名の少年を雇うこととした。

 そうこうしている間に、長崎に石田の兄弟がやって来たので、後は彼らに任せて長崎をたつ準備に取りかかることにした。


 三成は詮議のための証拠集めを行い父上に報告する任務を受けてこの地に来たらしく、兄の正澄は長崎奉行として今後この地で対応に当たるらしい。

 父上に長崎で行った事を報告する必要もあるし、播磨に戻って捕えた船員たちの対応も行いたいので、長崎を早く後にしたい。

 引き継ぎを行って、明日にでも長崎をたとうかという状況の中、突然一人の少女に声をかけられた。


「お願いです。連れていってください。お役に立ってみせますから」

 黒髪のまだ幼く見える少女だった。

「身寄りがなくて、伴天連の言葉が分かるものを探していると聞きました。私もそれなら当てはまります」

 確かに性別は指定していなかったが、このように幼い娘がと驚きが勝る。


「ええっと」

「カタリナです。年は十五でポルトガルとイスパニア後はラテン語と少しですが明の言葉もわかります」

 その年でと驚きで信じられない気持ちとなる。

 日本語も完璧であるから四つも言葉が分かることになる流石に冗談だろうと思った。

「さすがにそんなわけが」

 そう言うと連れていた通訳候補の少年が「嘘ではありません。少しと言ってますが明の言葉もほとんど分かってるはずです」と言って来た。


 カタリナと通訳候補たちの話をあわせると、幼い頃の記憶がなく気がつけばここにいて、あまりに聡明だったので伴天連たちが試しに学ばせてみたところ、瞬く間に他の少年たちを追い越した天才少女らしい。

「えっとなぜ連れていって欲しいと」

「私は気がついた時にはここにいました。自分がどこで生まれたかも分かりません。髪と肌の色で南蛮の人たちが言うアジアの生まれだと分かりますがそれだけです。私は自分の場所が欲しいんです。色んな言葉を知るのは楽しかったけど、もっと色んなところに行って自分で自分の場所を探したいんです」

 自分の意思でここに来たわけではないだろう、それでも長く長崎で暮らしていたはずだ。


「ここでは駄目なのか?」

「はい。よくしてくれる人はたくさんいましたが、このままだときっと教会で一生を過ごすことに、キリシタンの尼になってどこにも行けないままになりそうで」

 特に性別を指定しなかったのは事実で、彼女が条件に当てはまることもわかった。

 他の場所にいきたいのに教会に囚われ、一生を終えたくないという気持ちもわかるし、彼女の境遇に同情している部分もある。

「あまり変わらないかも知れない。それでよければ」

 彼女は表情を厳しい顔から安堵の顔に一変させて「はい」と答えた。



「まずは自分の妻、更級というのだがその侍女になってもらうことになる。と思う」

 彼女は驚きながらも聞いてきた。

「それってすごいことではないのですか?侍女ってお城に住んで、お姫様たちや貴族の人がなるって」

「自分のところは規模も小さいし、そこまでではないから大丈夫だと思う。それと父上にも顔合わせしないと」

 これには目を白黒させてどうしたらいいか分からないようだ。

 ただ小さな声で「関白殿下」とだけ聞こえた。


「明日にはここから博多に向かう。時間はないが夜までには準備をして来て欲しい。場所とか詳しいことは一人つけるからそのものに聞いて欲しい」

 そう言って、小姓を一人彼女につける。

「必ずよい侍女になってお役に立ちます。今は言葉を話すことしかできないけど一生懸命勉強します」

 そして一礼してすぐにどこかに駆けていく少女を小姓が慌てて追いかける。


 思わぬことになったが、その姿を見て更級とは相性が良いかもしれないなとぼんやり考えた。

 翌日博多に向かう軍勢の中に、少ない荷物を持った彼女の姿があった。

 自分の居場所を探す少女の旅が始まった。

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