第四十五話 紙を挟む

 コエリョの回答を待つ間、山中鹿之介や義兄上(真田信繁)、虎之助(加藤清正)たちと話をしていた。

 まだ長崎に向かうという話はしていないから、話題は当然他の事となる。


「更級様のお子が楽しみじゃ、また前のように大騒ぎになると思うとほんに楽しみじゃ」

 虎之介の言葉だった。

 九州征伐の最中にまた妊娠が発覚したとの文が来た。

 前回よりは冷静に受け止めることが出来ている。

「流石に前のようにはならんと思うが、殿下はくるだろうし騒ぎにはなりそうだな」

 大谷紀之介はそう言って笑っている。


「尼子にも子が出来たと聞いて、もう何の悔いもございませぬ」

 先程まで酒を煽っていたせいか鹿之介は涙ぐんでいる。

 初めてこの話を聞いた時には大泣きして大変だった。

「しかも嫡子でっしゃろ、大和中納言様と出雲守様(尼子秀久)二人して抱きおうておりましたわ」

 小西行長だ、彼には尼子に付いて小一郎叔父の軍勢で兵糧の管理を任せていた。

「中納言様といえば、摩阿様も身籠ったそうではないかさぞお喜びだったであろう」

 義兄上は行長に話しかけた。

「それはもう。あの様なお姿、二度と見れるとは思えまへん」


「慶事がこれ程重なるとは豊臣も」

 発しようとした言葉は使いの者の「大納言様」の声にかき消された。

 使いのものが持ってきた文に目を通す。

 文は佐吉からで、コエリョの回答と父上が長崎に攻めることを決めたと記されてあった。

「すまない皆のもの、もうひと働きとなってしまった。孫六(加藤嘉明)は来島殿を、虎は尼子殿と宮部殿を呼んで来て欲しい」


 家臣たちは予想外の戦の気配に、先程までの緩んだ表情を一変させた。

「向かうは肥前、伴天連を討つ」



 コエリョにとって、秀吉からの詰問はあまりにも急なものであった。

 先日まで笑みを絶やさず話しかけてきていた相手がこのような行動をするとは考えてもいなかった。

 とはいえ詰問には回答せねばならない。


 長崎の事は寄進を受け取ったのみで罪にあたると考えていなかったと答え、日本人奴隷については人身売買を禁じようとしているが、それには大名たちが禁止せねば効果がないと訴え、寺社の破壊についてはキリシタン大名が自らの意思でしたことで関与していないと答えた。

 この書面が秀吉に届いた時点で、長崎に攻め入る事を命じたが、秀吉が送った使者の回答は全くそれを感じさせないものであった。


 三成はコエリョに対してこう言った。

「殿下はコエリョ殿の返書で納得の様子でありました。されど今少し聞きたき事があるゆえ、明日にでも訪ねて来て欲しいと申されておりまする。コエリョ殿ご足労願えませぬか?」

 コエリョはいつも通りの態度に気を良くして答えた。

「分かり申した殿下には明日の昼参ると伝えてもらいたい」


 三成は心の中の怒りを抑えて、笑顔を貼り付けるようにしてコエリョに話しかけた。

「では明日兵を率いて伺いまする。博多はこのような有様ですから、コエリョ殿に万が一があってはなりませぬ。兵に護衛させて殿下のもとへ案内いたします」

 コエリョは横柄に「そうか」とだけ答えた。



 真田信繁は二千足らずの兵を率いて馬で駆けていた。

 主君からの命令は、コエリョは引き止めておるゆえ、すぐさま南蛮寺に向かい書状を抑えよであった。

 豊臣の旗と、秀吉に会うために博多にいた鍋島直茂の命令書を持っている信繁を止めるものなど全くなかった。


 長崎に入っても、何の命令も受けていない者たちは信繁の「コエリョ殿が関白殿下に長崎にて歓待したいと申したのでその先触れで参った。コエリョ殿の南蛮寺に案内してもらいたい」との言葉を信じて案内まで行う始末だった。


 信繁は南蛮寺に着いて中に入ると態度を一変させ、兵を突入させた。

 兵たちは抵抗するものを容赦なく殺し、それ以外は捕らえてあっけなく南蛮寺を占領した。

 あまりにも、迅速な占領であったので異変に気づく者もおらず、信繁は数名の者に命じて、先程の者たちは関白殿下の配下でコエリョ殿が関白殿下を迎えて長崎を案内する準備のために南蛮寺に入ったと説明に向かわせた。


 長崎の者たちが異変に気づくことになるのは翌日豊臣の嫡子が率いる三万の兵がなだれ込んで来た時であった。

 兵はいくつかに別れて抵抗するものを殺害し、その多くが港に向かって次々とポルトガルの船を拿捕して回った。


 いくつかの船は大砲や鉄砲を用いて抵抗したが、急な戦闘に対応できるものは少なく抵抗は散漫なものとなっており、脅威になっているとは言えないものだった。

 何隻かの船は洋上にあったが、それも数倍する船に囲まれてはいかに強力な砲を持っていたとしても満足に抵抗することもできず、船に次々と乗り込まれ降伏していった。


 有馬と大村に対してもそれぞれ一万五千という大軍が差し向けられ「関白殿下のもとへ出頭せよ」との命を受け抵抗できずに降伏した。

 さらに両家と血縁関係のある唐津の波多親にも同様の命が下り同様に出頭した。


 ポルトガルの船には九州討伐の後であるからか五百を超える日本人が奴隷として詰め込まれていて、その者たちをすぐに開放し、奴隷を扱っていた船の船長や会計士といった上級船員はすぐさま民の前で首を刎ねられた。

 領民たちには、伴天連が日本人を奴隷として売りさばいていることを関白殿下が聞き及び、それを開放しに来た事、伴天連の教えを辞めさすために来たのではないので好きな教えを信じればよいと説明している。


 教会にいた伴天連は捕らえて、関白殿下の詮議があると伝えた。

 博多から着いて来ていたフロイスは、ここにくるまで何度も、ある時はヨーロッパ諸国との友好を訴え、またある時は神の教えの言葉を使って自分を止めようとしていたが、教会から運ばれる骸となった伴天連と武器を向けられ捕えられた伴天連を見て何も言葉を発しなくなった。


 船から下ろした船員たちには、南蛮の言葉の分かるものに通訳をさせて説明を行なった。

 日の本では日本人奴隷を他国に売ること許しておらず荷改めを行なった。船は関白殿下の命令により没収される。

 抗議の声をあげるものもいたが、数倍する兵に槍を向けられれば従う以外にできることはなかった。

 奴隷を扱っていなかったか詮議があるので命令に従うように、そう言った後船員たちを反抗できないように十人ほどの集団に分けて、次々に日本の船に乗り込ませた。


 行き先は播磨になる。

 船に南蛮人が詰め込まれ、出航していく景色を見ながら徹底的に秀持は技術を吸い上げてやると考えていた。

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