第四十四話 悪魔降臨
1587年六月十九日、秀吉はポルトガルの貿易船を指揮しているドミンゴス・モンテイロとの面会を終えた後、人を集めた。
呼ばれたのは、僅か四人で誰も小姓や近習など連れだっていない。
小一郎は本能寺の変を知った時のような緊張感じゃと思いながら兄の言葉を待った。
前田利家と石田三成はこれから何が起きるのか不安に思っていた。
「伴天連どもめわしが何も知らぬと思うておるのか」
秀吉は吠えるように怒りをあらわにした。
「コエリョに詰問することと決めた。各々方はいかが思う」
そう言って、詰問状を見せる。
そこには、信徒を作ろうと日本中で活動していることを非難し以後九州のみで活動すること、一向宗の様に領土を得て勢力化しつつあることへの非難、牛馬を食することの非難、日本人奴隷を購入して他国へ売りさばいていることへの非難が書かれていた。
宗教政策という繊細な問題に利家と三成は口を開くことができずにいた。
「兄さどこまでやる気じゃ」
小一郎の言葉に秀吉は答えた。
「畿内からは伴天連どもは退去してもらう、有馬、大村が寄進した長崎も没収する。取引は今のままでよいと思うておる」
そこまで過激な内容ではないなと小一郎が胸をなでおろした時、彼の甥が発言した。
「父上、この詰問状を書いたのは誰ですか?」
誰も意図が分からなかったが秀吉は「施薬院全宗じゃが」と答えた。
「そうでありますか、唐では肉を食べると聞きますし、日の本でも仏教が伝わるまで食べておりました。ただ仏の教えというだけにございます。南蛮のものに詰問するほどのものとは思えませぬ」
「餅よ反対と申すか」
秀吉の言葉には怒気があった。
皆は慌てて秀吉をなだめようとしたが、本人は何事もなかったように口を開いた。
「手ぬるうございます父上、日の本の民を奴隷として他国に持ち出すことを誰が許可したのですか?帝、足利、総見院様、父上といずれもその様なこと許可しておりません。勝手に日の本の地をイエズス会のものとしたこともそうでございます」
「では餅はいかがするつもりなのじゃ」
小一郎が秀吉の発言を遮るように問うてきた。
「このまま長崎へ兵を向けたく思っております。伴天連に勝手に領土を寄進した有馬、大村は所領没収の上一族揃って処刑いたしまする。コエリョも同じく処刑いたしまする。その上でポルトガル船は荷改めの上没収。今後一切ポルトガルとは取引いたしませぬ」
「それでは日の本に南蛮のものが入って来ぬであろう」
前田利家がそう口にした。
「大儲けしているのは南蛮人でございます。それに禁止するのはポルトガルだけにして、日の本との取引がなくなり困ったら国を偽ってでも取引に参りましょう。それを買い叩けばようございまする」
それもそうかと利家が納得しかけた時新たな質問が挙がる。
「南蛮が攻めて参りませぬか?」
石田三成がそういった。
「父上も佐吉も戦にどれほどかかるか詳しいでしょう。聞く話によると南蛮とは船で二年ほどかかる距離とのこと。さらには五胡十六国がごとく、いくつもの国に別れて争っているとも聞いております。その様なところから日の本に勝てるほどの兵を送れましょうか?それに仮に送れたとしてそれほどの兵を引き抜いて国は守れましょうか」
秀吉はいつの間にか怒気が消え失せ興味深そうに聞いていた。
「して餅よその後はどうする気じゃ」
再度小一郎が口を開いた。
「まずは、南蛮人の狼藉を日の本への侵略として、ポルトガルとイスパニアに書簡を送りまする。先程申した通り二年ほどかかると言う事でございますから、返答は五年程待ってもよいと思うております。内容は侵略に対して満足な返答が得られぬ場合両国と戦を行うあたりでありましょうか。その間に長崎で没収した船を播磨に送り南蛮の船を技術を学びます。船員共も送って貰えれば話を聞くこともできましょう。そして二年後迄を目処に琉球などに攻め入ります。初めての海をつこうての出兵にて問題は起きましょうが兵力の差から負けることはありません。その後時間をつこうて港など整備しつつ兵糧など積み込めるようにして後は両国の回答を待って、父上が気に入らねば呂宋に攻め込みまする」
小一郎や利家は餅丸がこの様に過激なことを提案したことに驚いていたが、秀吉はそれを聞いて大笑いしている。
「それは面白いのう」
この言葉で方針は決まった。
「明の帝にも漢文にして送ってもよいかと存じます。それを見てポルトガルの扱い変わるやもしれません」
口には出さなかったが、貿易再開の切っ掛けとなるかもとも考えている。
「ならばコエリョには、奴隷と長崎のことそれに寺社の打ち壊しについて詰問するとしよう。餅よ長崎はいかほどいる」
「何より水軍衆をいただきとうございます」
「よいわ、全て好きにつかってよい、兵はそちの軍勢に加えて三万ほど渡そう。龍造寺のものも好きにせよ」
「ありがたく」
「佐吉よ詰問命じる。すぐさまコエリョのもとへ行って参れ」
「はっ」
「又左すまぬが、肥前にて餅を助けてやってくれ」
「おおよ藤吉郎」
「小一郎、小早川殿と島津、立花を呼び九州の守りについて話を致す。すぐさま島津に使いを出せ」
「分かったわ」
「伴天連どもとの戦じゃ、日の本が強さ見せてやるわ」
秀吉の表情には伴天連への怒りなど残っていなかった。
*
父上との話の後フロイスのもとを訪れていた。
「大納言殿何用でございまするか?」
全く表情を変えずフロイスに先程決まったことを伝える。
「コエリョ殿に詰問状を送ることとなりました」
「は?」
全く予想していなかった言葉に驚きしかないようだ。
「長崎をイエズス会のものとしたこと。日本人奴隷を買い付け国外に送っていること。日の本の寺社を打ち壊していることについて詰問いたします」
「そのようなことは」
「根も葉もないことではなかろう」
「それは」
「姫路の折、加減を間違わぬようにと申したが残念に思うております」
「何とか取りなしていただけませぬか」
「父上も私も伴天連による日の本への侵略と思うておるゆえ取りなしは出来ません」
「そのようなことはございませぬ」
伴天連がどう思おうと、日の本では父上が侵略といえば侵略になることが分からぬたわけか。
「セビリアに本願寺が貴族より土地を得て武装しており、人を買うて他国に売りさばき、教会を破壊しても侵略でないとそちは言うのであるな」
「それとは違いまする」
「何が違うと申すか」
「正しき教えを広めておりまする」
「正しき教えを広めれば何をしてもよいとは便利なものだな、ロレンソもそう思うか?」
「それは……」
更級の言う通り伴天連を好いてはいなかった様だ。
そして先程からの言葉を聞いて、それが決定的となっている。
隠す必要も思い浮かばないことから嫌悪感が態度にまで表れて、自分でも言葉が荒くなっている自覚がある。
「まあどちらでもよい、コエリョ次第で長崎に参る。そちたちはついてくるか?」
「命を賭してでも止めまする」
フロイスの言葉だった。
「私はしばし考えとうございまする」
「ロレンソ殿」
ロレンソの言葉に、フロイスが気落ちしている様に見えた。
「ならば、ロレンソには部屋を与えよう。フロイス殿には長崎に向かうこととなれば伝令遣わそう」
それだけ言ってフロイスの部屋を後にした。
伴天連の事を好きでないと自覚した途端、一緒にいることが急に苦痛となったからだ。
*
フロイス日本史より
『その日大納言殿は恐ろしい話を私とロレンソに伝えてきた。コエリョの行いを弾劾し、コエリョの返答次第で長崎にいるパードレに兵を送ると平然と伝えたのであった。コエリョの傲慢な行いは我々の中にも疑問を持つものはいたが、大納言殿が悪魔に魅入らていることもまた確かであった。姫路で会った頃と変わりのない様に表面上見えてはいたが、彼の心はサタンに支配されていた。その証拠に神の道を歩んでいたロレンソまでもが悪魔の陥穽に惑わされ、神の道に疑問を抱く様になっていた。私は悪魔の侵略に立ち向かう決心をして、大納言殿にともに長崎に向かうと伝えたのだった』
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