第三十九話 関白宣下
ことの始まりは、秀吉が内大臣に就任した後、譲位を控えていた正親町天皇の譲位後の御所が秀吉の支援によって完成したことだった。
その恩賞として、内大臣であった秀吉に、さらなる役職を与える必要が出てきた事から右大臣任官の打診を行なった。
秀吉に右大臣任官の打診を伝えた時には、朝廷は関白二条昭実、左大臣近衛信輔、右大臣菊亭晴季という人事となっており、二条昭実は関白就任後一年程度でその座を近衛信輔に譲り関白とする方針であった。
しかし、秀吉は右大臣の打診を主信長が、右大臣を経て横死したことから拒否し、朝廷は左大臣への任官に切り替える必要が出て来たのである。
このことに大きく揺れたのが朝廷内部で、摂関家筆頭の近衛信輔が前の大臣という立場で近衛が関白になった例はないと即時の関白就任を求めれば、関白の二条昭実は二条の家が一年もたたずして関白を譲った例はないとして信輔の要求を拒否。
朝廷を揺るがす大問題へと発展し、公家は二分され決着の見えない議論に終始することとなった。
この状況に動いたのが右大臣であった菊亭晴季で、秀吉に対して関白就任を打診。
それを受けてすぐさま秀吉は前関白で信輔の父近衛前久に接触、信輔に時期を見て関白を譲ることを条件に、近衛の養子として関白に就任したのであった。
どこまでが計算だったのかは不明だが、離れ業と言うべき関白就任だった。
*
四国征伐が終わり、まず先に向かったのは当然姫路城であった。
船を降りると予め用意させていた馬に飛び乗って一目散に城へと駆けた。
更級が、自分の更級が自分の子を身籠った、早く会いたいとだけ考えて馬に鞭を放つ。
嫌われて二度とこの馬は乗せてはくれぬかもと、ふと考えたがそんな事はどうでもよかった。
馬を降りても駆けることはやめられず、廊下を踏み鳴らし女どもに驚かれながら更級のもとに向かった。
更級を一目見ると抑えきれずに抱きしめて
「更級、更級」
と繰り返すのみで何も言えず抱きしめ続けた。
「父親と同じことをしていますね。似てないと思うてもやはり似るものなのでしょうか?」
声のしたほうを見ると何故か母上が座っており、とっさに抱いていた手を離すと「なぜ?」とだけ声を出した。
「もう少し、放っておけばよかったですね。ですが良い土産話が出来ました。子も殿下と同じことをしていましたよと伝えれば、そのような昔の事をと顔を真っ赤にして怒りまするが内心大喜びいたしましょう」
子の問いを無視してねねは話した。
「いえなぜ母上が?」
「殿下はお忙しい身でありますから、かわりに姫路の様子を見聞きしてお伝えしようと思うて参りました。すぐに大坂に戻ります。その時は同行するように。殿下への報告もせねばなりませんし、参内もせねばなりませぬ」
いずれある話だとは思っていたが、こう早いのは意外だった。
「参内ですか?」
「餅丸、そちには権大納言への任官が決まっておりまする。行かぬ訳には参りませぬ」
「なんと、参内までにどれほど時間がありましょうか?」
「そうですね。明日のうちには姫路をたちたいと思うております。虎たちにも会ってからとは思うておりますが会えなくとも明日には姫路を立ちます」
「そのように早く……更級よすぐに戻って参るゆえ。そうだ何か不安なことはないか?」
「はい。初めての事ゆえ怖くて不安でございまする」
更級に答えようとした時、ふすまが空いて「急ぎ過ぎでございまする」と笑円が疲れ果てた様子で入ってきた。
このような時にと思うたが、無視して更級に答える。
「心配せずともよい、朝日様もあこ様も三人の子を立派に産んでおる。その二人がついておる何も心配せずともよい。いやまて笑円良いところに参った。まつの母上がおるではないか、すぐさま加賀に文を出し来てもらえるよう頼もうぞ」
それを聞いたねねはため息とともに、やはり親子は似るものなのでしょうかと思いただ一言「そこまでせずとも」と舞い上がる息子に言った。
*
大坂城での父上との謁見では、関白就任の祝いを申し上げたのだが、父上は話を最後まで聞くことはなく一刻も早くといった様子で口を開いた。
「そのようなことはどうでもいいわ、更級は更級の様子はどうなんじゃ」
そう言われ、少しの間しか話せておりませぬがと前置きした上で、初めての出産で不安に思っているようですなどと話をした。
「そうであったか、初めての子ゆえ仕方がなかろう。いやまてそうじゃおまつ殿じゃ、おまつ殿であれば何人も子を産んでおるゆえ心得もわかっていよう。佐吉(石田三成)よすぐに文を出せ」
父上の気遣いに感嘆する。
そして流石は父上だよくわかっていると父上に改めて尊敬の念を持った。
佐吉はなぜか一瞬母上の方を見たが、母上が首をふると「分かりました」と駆けていった。
ねねはおまつ様申し訳ありませぬと、心の中で謝罪しながら、本当にこの親子はと思った。
このままでは折角止めたことまで、蘇りかねないと思ったねねは口を開く。
「お前さま、餅丸は参内のため姫路には一日しかおりませなんだ。私はそれより先に姫路に参っておりましたので、餅丸の知らぬことも知っておりまする。餅丸にも聞かせてやりたいと思いますので、話をしてもようございますか?」
秀吉は上機嫌にねねの方を見てすぐに許しを出した。
「そうであったかねねよ、是非餅丸にも聞かせてやってくれ」
ねねは葬ったものどもがこれ以上蘇らぬように言葉を選びながら、夫と息子に姫路の様子を聞かせるのであった。
*
京に参内のために上洛すると、予め文を出しておいた木下勝俊とすぐに合流し、師匠の勧めで妙心寺の一院に宿を求めた。
「どうであるか、上方奉行は」
そう勝俊に聞くと笑顔で楽しいですと答えてくれた。
「参内など言われても、何をしたらよいか分からぬぞ」
「謹んでお受けいたします。だけでようございます。名を呼ばれますので返事をすれば、後は公家衆が任官の文章が読みますから、その後謹んでお受けいたします。で終わりでございます。ご下問はありませぬ」
なんともまあと思ったが、儀式というものはそんなものかとも思った。
翌日参内したが、勝俊の言う通りで何事もなく任官は終わった。
何の実感もないがこれで権大納言となり、これから何度かこの様なことを繰り返して関白となるのだろうなとこの時は思っていた。
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