第三十七話 伴天連
姫路の町は活気に満ち溢れていた。
いたるところで建物が作られ、道は広く作り直され、人々の往来はかつていた京より多く感じる程で、この町は急激に姿を変えようとしている様に思われた。
堺のジョウチン(小西隆佐)殿の縁で彼と会う機会を得たのは全く幸運な事であった。
今、私は彼の息子であるユキナガ殿を伴って姫路の城に向かっている途中だ。
上司であるガスパール・コエリョも、未だ新たに日本の主となった秀吉より布教の許可を得られていない現状を好転させるべく、この謁見に大きな期待を寄せており、いくつかの貢物を持たせてこの謁見の成果を待ちわびていた。
「どの様なお方なのですか?」
「フロイス殿は何かお聞きになっておるので?」
「いえ、ミカワ殿との戦で多くの人々を助けたことや、妻との出会いの物語を聞いたくらいのものです」
「なるほど、ならばそのままでよろしいでしょう。お怒りになることはめったにありまへんゆえ」
彼はしまったという顔をした。
「お気になさらずに、堺にもおりましたので」
「助かります」
その後は彼との話もなく、城に入るとすぐに謁見の場に通された。
城の内部は豪華でなく、安土城の様な内部を想像していただけに意外であった。
謁見の場には彼とその奥方と思われる若い女性、それに記録を残すのであろう僧の姿をした者が既に座っていた。
「いくつか貢物も持ってきてます。目録を見てくだされ」
「珍しいものはあったか?」
「詳しいことはわかりまへん。後で見て気になったらフロイス殿に聞いてくだされ」
「わかった。ご苦労だった下がっていいぞ」
「では」
私に話すより気安く話してユキナガ殿は謁見の場を後にした。
「さてフロイス殿、出身はどこになるのかな?」
「ここより、天竺を超えて更に船に乗って一年ほど先にあるポルトガルという国にござりまする」
「おお、ポルトガルであったか。私も今まねをしているぞ」
はて?どのような意味だろうかと考えているとすぐに答えが返ってきた。
「今そなたの国の王子のまねをしている。いつかはそなたの国も見てみたいものだが叶わないであろうの」
「どのような意味ですか?」
そこまでヨーロッパに詳しいはずがないと思い。もう一度聞いてみる。
「そちの国に造船を支援した王子がいたと聞いたぞ、それに習って今姫路で船を作っておる」
「見てみたいとは?」
「作った船でポルトガルまで行けたらなと思ってな。だが私の身分では叶わぬ夢であろう。そちの国の王子とて天竺や日の本には行けぬであろう?」
少しの会話でかなりヨーロッパについて詳しく知っている事は分かった。
「ポルトガルを攻める気かと驚きました」
冗談のつもりで話をした。
「戦は得意ではないが、そのような戦を知らぬたわけではないつもりでおる。先程貴殿も言ったではないか、天竺から一年ほどかかると、そんなところにまともに兵を送れると思うてはたわけと言われよう。それともそちたちの中にそんなことも分からず日の本に兵を送り込めると思うておるたわけがおるのか?」
イエズス会の一部が言っていることまで知るはずがない。
たまたま話の流れでそうなっただけだろう。
「我々はただ神の教えを広めたい。それだけにございます」
そういうとやはり先程の話がたまたまであったことを示すように笑顔で話してきた。
「そうであろう。そのようなたわけがおるなら成敗せねばならぬところであった。それにしても神の教えを広めたいという思いでこのように遠い国に来るとは見事なものよ」
やはり何かを掴んでいるのであろうか?
ただ笑顔を前に、確認するのもためらわれてついその話題から逃げてしまった。
「なれば是非に布教の許可を」
「貴殿らの教えを広めたいという心には感心するがそれはできかねる。それは父が決めることで父に従うべきことよ」
「ならばせめて謁見の取りなしを」
「既にそちたちも動いておろう、私が取り成しをせずとも謁見は叶おう。たが来年の今日までに謁見叶わねばいうてくるがよい。必ずや謁見できるようにしよう」
彼の言葉に落胆はしたが、少なくとも来年には謁見が叶うと思うてそれを成果とするしかないと思い直した。
「そうだフロイス殿。教えを広めたいという心には感心するが、加減を間違わぬようにな」
「申し訳ございませぬ。急ぎ過ぎたようにございます」
「他のものたちにも伝えて欲しい。日の本の事を尊敬して教えを広めてもらいたいと」
「必ずや伝えまする」
「うむ。では目録のものやそちたちの故郷について教えて欲しい。私もそちたちのことを知って尊敬できるようになりたいからな」
やはりこの表情からは、我々に対して敵対心を持っているとはとても思えなかった。
今日の会話はやはり偶然であったのだろうとそう思い、その日はヨーロッパの話や献上品についての説明をして謁見を終えたのであった。
*
フロイス日本史より 羽柴秀持評
『彼に初めて会って驚いたことは、彼が刀と呼ばれる剣を持たず彼の妻が持っていた事であった。彼は非常に礼儀正しく言葉も丁寧で、誰に対しても親しく話しかけていた。彼は側室と呼ばれる愛人を持たず、神の教えに従ってはいたが、神の教えに対しては知識としてのみ興味を持ち、それは邪教の教えについても同様であった。彼は会話や書物によって知識を深めることを好み、それ以外のもので彼が熱心に好むものはなかった。家臣に対してはほとんどのことを彼らに任せ重大な決断をする以外はほとんど政治や軍事に関わらなかった。』
*
「どうであった更級」
「異国とは面白きものですね。珍しいものばかりで驚きました」
更級は異国のものに目を輝かせている。
「最初の話についてはどう思った?」
「あまり好いておらぬのですね。でも戦はしたくないから怒らせてくれるなと言ってるように思いました」
そんな風に感じることに驚いた。
「でも大丈夫です。そうなったら巴御前が神功皇后になってあげまする」
「いや、子の姿を早く見たい。父上も待ちわびておる」
更級は口を尖らせて不満を口にする。
「いつも止められてばかりです。お祖母様には叱られるし、馬に乗って一日中駆ける事ができたらよいのに」
「それならよいぞ、更級は戦に出ずともずっと守ってくれていれば十分嬉しい」
更級はぱっと明るくなって、後ろのことは聞かなかったことにして捲し立てた。
「では、明日参りましょう。お前様は暇ですよね。兄上や虎(加藤清正)に紀之介(大谷吉継)、孫六(加藤嘉明)も暇に違いありません。連れていってあげましょう。笑円殿はお前様が行けばついてくるでしょう。弥九郎殿が先程フロイス殿と摂津に戻り大蔵殿(木下俊勝)が京にいるのが残念ですが、またもどってきた時に誘えばいいですね。奥のことはお祖母様にまかせておけば大丈夫です」
いや、自分はともかく他のものは忙しいと思う。
「決まりましたね。そうと決まればすぐに用意しなければなりません」
更級は笑顔を残して駆けていった。
あの顔をされたらしょうがない。
朝日様を始めいろんな者に叱られそうだが、甘んじて受け入れよう、どうやら自分は更級の笑顔には勝てないようになってしまったようだ。
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