第三十六話 播磨国
和平が決まった後、本国となる播磨には領地の拡大もあって、父上から家臣とするようにと人が送られてきた。
小姓組からも、加藤清正、加藤嘉明、大谷吉継が配下とするようにと播磨に送られてきて、それぞれに五千石の領土と役割を与えている。
加藤清正と大谷吉継には奉行として働いてもらっているが、戦となれば兵を率いる将としても期待していると伝えていて、練兵にも加わってもらっている。
また、この異動に伴って吉継が大阪より妹の徳殿を連れてきており、大谷吉継の養女として東殿の娘の徳殿が義兄真田信繁に嫁ぐ事となった。
徳殿はまだ数えで十四と若いが、義兄も十九と若いのでよい夫婦となってくれるだろう。
「幼き頃、私を馬にして遊んだお転婆ぞ、お転婆の扱いは得意であろう」
このように婚儀の場でつい調子に乗って義兄に声をかけたところ「あの時だけでございます。それに今でも母に一人見つかった小屋から愚痴を言われるのですよ。あの頃まだ小屋は四つで覚えてなどおらぬでしょうに。若様にまでからかわれたと知ったら、小屋がまた調子にのりまする」と徳殿に少し怒った声で言われてしまった。
なお義兄夫婦とは、義兄は名目上人質ということもあって領地を任せていないので、共に姫路城で住むこととなっている。
当然長浜時代に徳殿を可愛がっていた妻の更級は大喜びで、率先して場内を案内すると近頃では徳殿のもとに入り浸っている。
ただ入り浸っている理由が、領地が大きくなって更級の仕事も増えて来たため「姉上助けてください」と言って母上の侍女であった年下の徳殿に助けを求める為であるで、そろそろ子が欲しいと思っていただけに奥のことは悩みの種となっている。
残る嘉明は、来島通総の元で水軍奉行についてもらった。
播磨の水軍は拡大しており、来島殿だけではという状況になりつつあったので、嘉明の加入は本当に有り難い。
来島殿の下で学んでもらい、将来水軍を任せようと思っている。
来島殿に関しては毛利との和議で通総の領地である来島も羽柴のものとなったのであるが、領地へ返す訳にはいかないと播磨で二万石を与えて直臣とした。
その結果、来島は通総の弟の通清に譲ることになり、通総の兄である得居通幸は播磨に五千石で招いて、通総を支えてもらっている。
話を播磨に戻すと小姓が長浜に来た少し後に、家臣にするようにと、一柳直末と叔父である木下家定が送られてきた。
木下家定には大阪城にも出仕しやすいように、明石郡に一万五千石を与えることにして、一柳直末にも播磨国内に一万五千石を与えている。
播磨で仕えることとなって、木下の家の者たちが姫路に挨拶に来たが、叔父上の子の中に一人元服を済ませた者がいた。
かつて木下家定が町人の娘に産ませた子で、幼き頃より師匠の元でともに学び、その頃より漢詩や和歌に夢中となっていた事が思い出される。
今は木下勝俊を名乗っている。
「おお大蔵も来てくれたか。久しいなあいわらずか?」
年が近かったこともあり幼き頃よく遊んだものだ。
「はい、あいかわらず歌ばかりに夢中です」
変わりが無いことに笑みが溢れる。
「変わらずで安心した。これからは公家などとの付き合いも増えよう。助けてくれるか?」
「はい。役に立つのであれば是非」
そういってくれたので二千石で直臣として仕えてもらうこととした。
すぐに上方奉行なる役職をその場で作り、公家や文化人との交流を行うという仕事を与えたので、これで面倒な公家との交流をせずともよくなったと、その日は一つ悩みがなくなりよい気分だった。
しかしそう上手いことばかりとはいかないらしく、すぐに問題はやってきた。
姫路で木下の家の者たちと面会した後、家定叔父はすぐに明石に向かったが、朝日様とあこ様、そしてその子たちは姫路に留まったままであった。
正直嫌な予感はしていたが、覚悟して話を聞いてみたところやはり問題が起きていた。
「また、外に子が出来たのが分かってな。それをあこが問い詰めたところ、側室にすると言い出して大喧嘩じゃ。今では口も聞かんしほとほと困っておる」
これは朝日様の言葉である。
それを聞いてあこ様はとんでもない事を言いだした。
「離縁はしませんが、もう夫とはともに暮らしません。側室のことは勝手にすればよいのです。私は餅丸と姫路で暮らします。勿論いいですよね」
朝日様は大きな溜息をついて「ずっとこの調子じゃ」と嘆いた。
なぜ叔父上が播磨にと思っていたが、これは父上が自分に丸投げしたなと直感した。
小一郎叔父が紀伊討伐の準備で忙しそうだから自分に回ってきたのだろう、何かをして忙しそうにしておけばよかった。
「朝日様はどうお考えですか?」
「本心を言うと、今回の事ではあこに肩入れしておる。子を産んだ矢先の事でもあるしな。今無理に一緒に暮らさせてもよくはならんとも思うておる。餅丸には悪いが双方の頭が冷えるまで、あこの好きにさせてくれるとありがたい」
まあ冷静になる時間をとるのもよいか、自分が出て行っても男女の仲は正直よくわからない。
何しろ一目惚れしてすぐに結婚した以外の経験がない。
「朝日様はどうなさるのですか?」
「私はあこについておこうと思うております」
よし決めた。
「分かりました。いつまででも姫路にいてくださって結構です。ただ申し訳ありませぬが、その代わり働いていただきます」
働いてもらうとの言葉に二人は疑問を持った。
「ああ申し訳ございません、助けていただきたい。お恥ずかしい話ではございますが領地が増えて奥の仕事が増えました。更級は嫁いで来た年下の徳殿の部屋に助けを求めに足繁く通っております。このことお二人に助けていただきたいのです」
朝日様は溜息で答え、あこ様は姫路に来て初めての笑顔を見せて「なんとまあ更級様らしい」と言ってくれた。
思わぬ解決法であったが、これで奥のことは安心できる。
ただこのような事があると、どうしても幸せだった羽柴の家に不幸が忍び寄っているのではないかと考えてしまう。
今はまだ大丈夫なはずだ、これ程変えたというのに頼れるものは歴史知識しかなかった。
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