第二十八話 後継者
明智光秀が父上に討たれ、清洲会議も終わり、激動であった1582年も十一月を迎えて終わりに近づいている。
自分は今、姫路城で過ごす毎日を送っている。
父上が山崎で光秀を討ち果たした後、長浜から鹿之介が出陣して無事佐和山と安土を抑える功をたてたが、自分の知る歴史以上に父上が領土を得ることはなかった。
清洲会議によって長浜城を含む父上の近江の領土は柴田勝豊に与えられる事となり、父上は山崎に城を建てて柴田勝家らと睨み合っている。
そして、自分は後方である播磨の経営を任されたというわけだ。
清洲会議の結果は自分の知る歴史とほぼ同じ内容であった。
上様の嫡子である三法師様が織田の後継者となり、それを羽柴、柴田、丹羽、池田といった重臣が支える事となった。
織田の領土も再編され、羽柴の家は山城と河内を加増された上、養子として羽柴に入った大殿の息子である弟秀勝にも丹波が与えられた。
柴田は長浜城を含む近江の羽柴旧領、丹羽には坂本城などを含む近江の琵琶湖西岸が加増された。
大殿の次男信雄には尾張が、三男信孝には美濃が与えられている。
織田の所領の分配には変わりないが、変化があったのは信濃だった。
自分の知る歴史では、本能寺の変で織田の支配下から離れて空白地となったことで家康に任された武田旧領であったが、清洲会議でそれとは違う方針が示されることになった。
そうなった原因は森勝蔵様だった。
本能寺の変の影響で信濃からの撤退を余儀なくされた勝蔵様は、本拠地である美濃金山城へ戻る前に、更級の父である真田安房守昌幸に、信濃の領土を預けると言って証文と人質を渡して美濃へ戻ったのであった。
そしてその結果、甲州征伐での嫁取りによって羽柴家との縁が知れ渡っていた真田に対して配慮されて、真田領の小県郡と森の信濃領四郡は真田預かりとして家康の切り取りを除外されたのだった。
当の森様は本拠地に戻って、そのようなこと忘れたかのように美濃で大暴れしている。
義父上も流石といったところで、柴田勝家対策で羽柴に接近したい上杉からも援助を受けて早くも森領四郡を抑えたようだ。
自分の周りの変化としては、まず秀次が三好康長の養子となり三好を継ぐこととなった。
長宗我部に押されている三好が羽柴を頼った形だ。
ただ羽柴としても勝家と睨み合っている間、三好を長宗我部の壁として使うことができるので、両家にとって益のあるものといえる。
また、本来は秀次に嫁ぐはずであった池田の娘は、秀次の後継者としての席次が自分の知る歴史より下がっているためか、池田恒興は弟秀勝に嫁がせる事を選び婚姻が行われた。
さらに、宇喜多秀家と妹の豪との婚約も発表されている。
まだお互いに幼いこともあり婚儀はまだ先であるが、こちらは自分の知る通りとなりそうだ。
宇喜多秀家なら大丈夫そうであるが、かわいい妹のために秀家を見定めなくてはと思ってはいる。
そして、長らく婚約という関係であった尼子の遺児豊若丸殿と柊様の娘桐殿が婚儀を行ない正式に夫婦となった。
これを期に豊若丸殿は元服し、尼子出雲守秀久と名乗ることになり、今後は自分の家臣として働く事となる。
これが自分にとって一番大きな変化であったのだが、父が山崎城を本拠としているため、母上も柊様も杉原の家も、そしてなかのお祖母様も山崎で暮らすこととなり、姫路に移った自分は大家族から切り離されることとなった。
自分についてきたのは、妻とその兄幸村(最近そう呼び始めた)山中鹿之介と右筆の笑円、そして将来中国に領土を与えることになるだろう尼子秀久、さらに師匠虎哉宗乙とその門人、後は長浜で鹿之介が鍛えた兵のうち五百とその家族といったところだ。
今まで多くの家族に囲まれて暮らして来ただけに非常に寂しい。
とはいえ配下につけられたものもいる。
まずは第一は宮部継潤で、自分のお目付け役といったところだ。
年齢からも自分の爺の役割が与えられているのだろうと思っている。
今まで軍事面は鹿之介に頼り切りだったのでもう一つの柱ができてありがたい。
また、その継潤の与力であった南条元継、垣屋光成、木下重堅、亀井茲矩といった者たちも与力としてつけられた。
そして、中国地方に明るいという事情もあったのか、小西行長が父上より配下とするようにと配属されて自分の直臣として働いている。
姫路の城に入り多数の与力を与えられたとはいえ、現在の自分の立場としては、姫路を中心として播磨を経営を任されたに過ぎず正式に領地を与えられた訳では無い。
当然播磨の領地を与える権限も持っていない。
ただ播磨国内での内政については自由にしてよいとも言われているので、領内で投資を行うことにした。
自分が手をつけたのは二つで、海軍の育成と養蚕の推奨である。
海軍の育成などと大げさに言っているが、とりあえずは造船所を作って、船を増やして輸送能力を上げるのを目標としている。
養蚕は輸入に頼っている絹を国産化して、明への金銀の流出を少しでも抑えようというのが目標だ。
ただそれを成すために、どのように進めればいいかまではわからず、今のところ小西行長のコネを最大限に活かす方針をとっている。
堺の豪商である彼の父の知り合いから伝手を辿って、船大工を募集したり、質のいい蚕を入手できないか当たってみたり、養蚕に詳しい人物を探したり、彼の父がキリシタンであることから南蛮船をどうにか手に入れられないか試したりしているところだ。
そしてすぐに手を付けられると考えた姫路港の整備は、現在整備計画が作られており、作成され次第実行に移される予定となっている。
全てが形になるのはまだ先だろう。
さて、 自分に与えられたもう一つの任務がこれである。
お相手は安国寺恵瓊だ。
継潤といい、師匠といい、最近坊主頭に囲まれている気がするが、毛利との和議の交渉である。
三カ国割譲で和議をとりあえず結んだが、大返しで追撃しなかった毛利に譲歩して欲しい。
その後正式に和議をということらしい。
「私としては、上月城より毛利の捕虜となっている立原源太兵衛尉の引き渡しがなければ、父上へのいかなる執り成しも考えられません」
立原久綱には、秀久を支える尼子の家老として働いてもらいたいと思っている。
鹿之介には自分の直参として軍を任せたいし、亀井茲矩は半ば尼子から離れた存在になりつつある。
自分の妹と言っていいほどに、長い間共に暮らしてきた桐殿の夫を支えるのは彼しか思い浮かばなかった。
「されど、毛利にとっては大罪人。おいそれとお渡しする訳には参りませぬ」
「なれど、羽柴にとっては恩人にて、御坊もご存知のとおり、尼子は羽柴の一門となり申した。その忠臣を救いたいと思うのは致しかたなきことではございませぬか?」
「それは羽柴の意志でございますか?」
恵瓊坊は、交渉相手が若いとみてどれほどの権限を持っているのか知りたいのであろうとなんとなく感じた。
別に過大評価も必要ないので、ありのままに答える。
「父や叔父に直接そのことを話した訳ではありません。今はあくまで私の意見でございまする。されど娘婿の家のことゆえ叔父上も、そして父上も同じと信じておりまする。こたびの御坊とのお話、父上へも文で報告いたしますゆえ、次にお目にかかるときには結果は出ておりましょう」
「なるほど」
その後は世間話という名の探り合いを行い、瞬く間に時間が経っていった。
「おお気がつけばもうすぐ陽も落ちる刻限となっている様子。今日は突然の来訪にも関わらず長居してしまい申し訳ございませなんだ。この年となると若い者と話すのが唯一の楽しみにて、時を忘れてしまい申した。こたびの話一度毛利へ持ち帰り、また改めさせていただきとう存じます」
そういって外交僧らしく笑みを浮かべた。
「今日はご足労かたじけのうございました。毛利との話であればいくらでも時を取りまするゆえ、また御坊のお話お聞かせくだされ」
そういってこちらも笑みを浮かべて、会談を終えた。
特に成果はないが初回としては十分だろう。
恵慶殿との会談を終えると、あたりは夜となっており急いで家族のもとに戻る。
といっても、今は更級しかいない。
「更級、枕」
更級に膝枕をしてもらう。
変わったことの一つだろう、大家族と離れて更級に甘えることが多くなった。
「寂しくなりましたね」
更級も同じだったようだ。
「うん寂しい。そうだ更級も仕事が増えるし奥のものを募集しようか?人が増えれば気も紛れる」
その言葉に更級は顔を赤くして小さな声で返事した。
「でも、あこ様が奥に大きくすれば側室を持ちたがると」
大変だろうにそれで言い出さなかったのかと思った。
「前右府様の前で、更級がいいと言ったのは今も変わってない」
更級は顔を真っ赤にしている。
お転婆娘と言われて育ったからか、女性としての自信はなく、こういう言葉を言うとすぐに顔を赤くする。
「それに側室はなしでいい、知っているか?父上が側室の話をしたときに、なかお祖母様にどれだけ叩かれたか、わしは怖い」
そう言うと更級は笑って「その時は守ってあげまする」と言ってくれた。
「更級がいいと言っておるのに、そうだ東殿の娘をかわいがっていたであろう。奥に来てもらってはどうか?」
「確かに妹のように思っておりましたが、幼ないうちから母と引き離すのは可哀想で」
「ではいずれ来てもらおう、そうだ幸村の兄と婚儀をしてはどうか?姉の徳殿は来年十二となる。更級と同じく十五程になるのを待って、徳殿は自分にとっても妹のようなものだし兄なら信頼できる」
「それなら私もよいと思います。しかし幸村とはどういう?」
最近ついつい言ってしまっているのが、油断して口に出してしまった。
「なんだか、名刀の響きがするであろう。長浜の戦での活躍、羽柴の名刀のようだなと思ってな、そちの祖父の弾正様から続く幸を使って考えてみた」
とっさに考えた誤魔化しの言葉であったが、更級は目を輝かせて頼み事をしてきた。
「私にも考えてほしゅうございまする。更級でのうて弓や刀のような名がよいと思うておりました」
「更級がよい」
今までと違う響きの言葉の更級がよいであった。
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