第四話 方針

 転生してからあっと言う間に半年が経とうとしていた。

 できることといえば、寝るか乳を飲むか下の世話をしてもらうくらいで、することもないし目も大分見えるようになってきたので、そろそろハイハイぐらい練習しようかなと思っているところだ。


 乳を飲むのも、下の世話をしてもらうのも最初は恥ずかしかったが、人間とは不思議なもので慣れてしまった。

 母親であるねね様は産後の肥立ちが良くないようで、乳の出も良くなく、乳はおまつ様にもらうことが多い。

 おまつ様が連れてくる小さな娘と一緒に乳を飲むのは未だに恥ずかしく、泣いて拒否しているがそれ以外に不満を感じることはない。


 おまつ様はねね様を気にしてか、毎日訪れては自分の子の様に世話をしてくれるし、家の中のことまでも手伝ってから帰っていく。

 人のいい又左衛門様は、全くその事を気にしないばかりか、たまにおまつ様とともに訪れては慣れない手付きで自分の世話をしてくれた後、父と話し込んだりしている。

 今では父も母も二人いる様な気持ちになっていて、ねね様も「 又左衛門様たちが来ると餅丸が喜んで」と二人に話していた。


 ねね様は産後の肥立ちのせいで、初めはほとんど動くこともできなかったが、ねね様の実母である朝日様が二日と置かず来てくれているのが功を奏したのか、最近は目に見えて元気を取り戻している。

 このことは父親である藤吉郎には意外だったようで、これまでほとんど寄り付きもしなかったのに何故であろうかと、ねね様に話しているのを聞いてしまった。

 個人的には何か心境の変化があったのだろうくらいに思っている。


 今日も来ており、来年ややが十になるのを期に、弥兵衛殿を婿に迎え婚姻行う予定であるのにあれではと、ねね様にこぼしていた。

 毎日のように来ては、お餅お餅と抱いたり叩いたりつついたり、完全におもちゃ扱いをしているやや様は確かにあれである。

 この様な幼い子が嫁に行くのだと、知識では知っていたが実際に見ると、戦国の世に来たのだと実感する。


 父である藤吉郎は、美濃攻めが佳境に入り大忙しといったところで、何日も帰ってこない日も多い。

 又左衛門様も同じな様で最近姿を見ることが少なくなった。


 せっかく考えごとをしているし、自分のことについても整理してみよう。

 生まれてから何度も思い出そうと試みたが、結局自分のことについては全く思い出せなかった。

 ただ自分の事以外は思い出すことができ、何年にどの球団が優勝したみたいなことや、芸能人の誰と誰が結婚したなということまで記憶は失われていなかった。

 ただ転生につきものの技術チートに関しては期待できなかった。

 米や野菜の作り方なんて知らなかったし、鉄砲や大砲の知識もなかった。

 何かについて専門的な知識もなかったから、何かを発明して世の中を変えることもできそうになかった。

 多分一般人だったというだけだろう。


 ないものばかりではあるが自分に関する記憶がないことは、決して悪くないと思っている。

 忙しい中、一目見るためだけに帰ってきて、名残惜しそうにすぐ出ていく父や、乳があまり出ないこと申し訳なさそうにしながらその分以上に慈しんでくれてる母を、素直に両親と思えることが悪いことだとはどうしても思えないのだ。


 そして何より幸いなことに、歴史知識に関しては十分に持っている様に思えた。

 ある程度の流れと何年に起きたぐらいは知識として持っているし、戦国時代に関しての知識はその中でも多かったので、ちょっとした歴史オタクだったのかもしれない。

 この知識が、これからの行動の指針になっていくだろう。


 技術チートには期待できないが、歴史知識を持った秀吉とねねの子というだけで、恵まれ過ぎの転生だと思う。

 

 そして今は、色々な会話を合わせるとほぼ1567年だと考えている。後三ヵ月ぐらいの間に稲葉山城陥落の話を聞ければ確定でいいだろう。

 それならば、1582年の甲州征伐が数えで十六となるので、これが初陣になる可能性が高そうだ。

 関ヶ原では三十四となる誰も文句の言えない豊臣家の正統後継者となり生まれた時期も悪くないと考えている。


 本能寺の変には、年齢から考えて何の影響も与えられないだろうし、回避すれば最大の武器である歴史知識が役に立たなくなり、功臣である父が粛正される危険が常につきまとう。

 自分が生まれてきたことで、養子秀勝という手も使えないし、成り上がり者の粛正は反発も少なくやりやすいだろう。


 本能寺の変の後はどうだろうか?

 小牧長久手の戦いは絶対に勝っておきたいところだ。

 豊臣を滅ぼすことになる家康の影響力を少しでも落としておきたい。

 どうやって勝つかは今は全く想像できないので置いておこう。


 その後は、秀頼が生まれてからの動きも重要になるだろう。

 自分が生まれたからといって、秀頼は生まれて来ないとは限らない。

 そうなった場合、いくら正室の子がいるとはいえ不満を持つものに担がれて後継者争いとなる可能性もあるし、何が起きるかは分からない。

 今のうちから産まれてきた場合のことは考えておきたい。

 

 秀次のことも関白にならないとはいえ、一応注意はしておきたいと思う。

 立場が下がることで、不満を持っていると言われて、天下を狙って反乱を起こそうとしているなどと吹き込まれたら殺される可能性がある。

 心配し過ぎかもしれないが、末期の秀吉に対して警戒しておいて悪いことはないだろう。

 貴重な肉親だしできれば生きて欲しい。

 といってもどうやって死なせないようにするかは全くの白紙だ。


 織田家内部の主導権争いの賤ヶ岳、不満を持った者たちの抵抗小牧長久手、不満分子を各個撃破していく紀州四国九州。名門意識で安易に動けない北条を叩き潰して天下統一を完成させる小田原という流れは変わらないだろう。

 その後は唐入りと関ヶ原が控えている。

 唐入りはしてもいいけど、朝鮮に勝てたとして次はヌルハチと戦うのだろうか?

 そして最後は関ヶ原。正直起きるかどうかは不透明だが一応注意はしておこう。


 最後に未来の知識を誰かに話すべきかどうかだな。

 これは絶対に話さない以外ありえない。

 なにかの拍子に未来が狂ってしまうと、自分の武器がなくなってしまう。

 ここに自分がいるだけで、狂ってしまうとは思うが、自分からあえて拍車をかける必要なんてないと今は思っている。


 一方で誰かに相談したいという気持ちがないわけではない。

 一応死ぬ間際に打ち明け相談するというのを考えてはいるがそんなに都合よくできるかは分からない。

 候補としては竹中半兵衛や、蜂須賀正勝や黒田官兵衛あたりになるだろう。


 せっかく転生したんだ、できるだけのことはやりたいと思う。

 少なくとも豊臣の家が不幸になってしまうのは避けたい。

 まだ半年ほどの時間ではあるが、生まれ変わってからの父や母に愛着を持ってしまっている。

 父上の作り上げたものを守りたいし、母上が涙に暮れる結果にはしたくないと思っても不思議ではないだろう。


 ただ今できることは何もない。強いて言えば寝ることだけだ。そう思いまた眠りについた。

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