砂漠の男

 どこまでも、どこまでも、見渡す限りの砂漠が延々と続いていた。頭上を見上げてみても、灰色の重たい雲が果てしなく広がるばかりで、つまるところクリームとグレーの二色で構成された、退屈極まりない空間であった。


 ぼくはなぜ、自分がここに居るのかわからなかった。

 たしかにぼくは、より理的で、知的で、綺麗に整頓された美しい景色を望んで歩き続けた。

 そのときの脳裏に描かれていた風景と、現在の目前に広がる有様とは、およそあまりにもかけ離れていて、ぼくは徐々に自らの選択を後悔するようになりつつあった。


 ぼくは世間で言うところの、固い人間だった。よくいえば古風で動じないが、見方を変えれば頑固な完璧主義者、といったところであった。

 「かくあるべきだ」、「そうしなければならない」、などといった類の信念がいたるところにあって、同時にそれらがあやまつことのないよう、徹底して理屈を追求していた。したがってぼくはおよそ理想的な存在として、自他ともに認められるようになっていった。


 けれどもひとつだけ、如何ともしがたい事象が残っていた。即ちぼく自身の欲望であり、身勝手に揺れ動く感情たちだ。

 それはぼくにとって、最も度し難い流動だった。なぜならばそれはぼくの意志や制御をいともたやすく超えてあざわらうかのように振る舞い、ぼくのつくりあげる整然とした潔白な世界に薄汚れた足跡を残すからである。

 ぼくはそれが不愉快でならなかった。

 いつしかその流動を、完璧なまでに支配し尽くすと、ぼくは密かに誓った。


 それから数年したある日、想定外の事件がぼくを襲った。

 これまでにぼく発したことばや行為は、すべて論理的に正しいといえるものであった。しかしながら、正しさが必ずしもひとつであるとは限らなかったのだ。要するにその日、ぼくの前に別の、それも同様に強靭な正しさが立ち塞がったのだ。

 そのとき、ぼくはぼくの中の件の流動が、暴雨に晒された河川のように決壊する音を聞いた。


 果たしてぼくは旅に出た。正しさが複数形で記されるならば、その全てを包括するような、より広大な正しい世界に行かねばならない。そこにこそ、その光景こそ、自身の望む憧憬である。ぼくはその考えのもと、長い長い旅路に発った。


 一年が過ぎ、二年が過ぎ、ちょうど三年目が終わる頃だった。


 あるとき、視界がほとんど変容しないほど広大な、延々と続くかのように思えるこの砂漠にたどり着いたのだ。

 もう何日歩いただろうか、数えることすら困難であった。じめじめとした蒸し暑さが全身にまとわりつき、絶えず不快な汗がつたう。

 それでもなお、この先に存在するであろう理想郷にたどり着くため、ぼくは歩き続けた。

 何日も何日も歩き続けていると、砂が深くなったのだろうか、徐々に足が埋れていった。

 それでも気にすることなく、ぼくは歩き続けた。

 やがて視界の端からあの曇天が消える。

 ふと、足元に目を向けると、すでに体の半分以上が砂に埋もれていることに気がついた。

 しかし、だからどうしたということはない。

 ぼくがそれでも、と、自身の求めるセカイに向けて歩き続けると、ついに全身が砂漠に飲み込まれて、砂漠そのものとして永遠に不変なひと粒となってしまった。

 

 そうして、ようやくぼくは理想の風景を手に入れた。

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