Psycho banned it

菊池ノボル

2005.09.16 ひめない 100戦目

 今日も俺と姫の対戦が始まる。俺が緑単トロンで姫は親和だ。俺はちょくちょくデッキを変えているけれど、姫が使うのはいつだって親和だ。


「《教議会の座席》、《霊気の薬瓶》、エンド」


「ドロー、《森》、エンド」


「ドロー、《大焼炉》、薬瓶から《電結の働き手》、《金属ガエル》」


 マズいぞ。親和のブン回りだ。俺の手札には《忘却石》があるけれど、ウルザ土地は一枚しか無い。このまま行くと実にマズい。


 その予感は的中した。その後も姫は《物読み》で手札を増やすと、《金属ガエル》と《マイアの処罰者》を追加してターンエンドだ。3ターン目から8点食らう計算。


 俺は《ぶどう棚》を出してブロッカーを増やす。けれど、その返しに《頭蓋囲い》出してきた。姫はそれをカエルにつけてアタック。それを棚でブロックせざる負えず、ライフは残り14。


「ドロー……来た!」


 俺は2枚目のウルザ土地を出すと、《ヴィリジアンのシャーマン》で囲いを破壊する。これでカエルとも相打ちが出来たら文句無しだ。


 けれど、姫は止まらなかった。一気に2枚信奉者を出すと荒廃者も出てきてフルアタック。ラフが処罰者の分と信奉者二枚の分で削られると、残りライフも10を切り、そのまま次のターンには爆片破が飛んできてゲームセット。


 やっぱり姫の親和は強い。それを実感するようなゲームだった。


「やっぱり強いね…姫の親和は」


 俺がそう言うと姫は奥ゆかしく笑う。


「そんな……いつもノボルさんが戦ってくれるおかげです」


「俺なんて全然だよ。逆にいつも姫に勉強させて貰ってる。姫との時間は何よりも大切な時間だしね」


「大切だなんて……そんな……」


 姫はほっぺたに手を当てた。黒髪長髪の髪で隠そうとしてるけど、真っ赤に赤面しているところは隠せていない。


「よし、次はサイドボードを入れてやろうか。次は負けないよ!」


「はい。よろしくお願いします」


 こうして今日も俺と姫の闘いは深まるばかりだった。

 それは同時に、二人の関係性も深まっていくようだった。



 2005.09.16 100戦目  終わり


















 俺は文章をブログにコピペすると投稿のボタンを押す。時刻は23時前。今日の更新も終了だ。

 


『これで100日目か!! おめでとう!! 3か月以上もこんな無駄なことをしているだなんて、君は実に凄いねぇ~!!』


 そうして今日も声がする。姫と同じ声なのに、やけに苛立たしくさせられるあの声が俺の真後ろから聞こえてくる。


「うるさい!!! 俺の前でさえずるな!!!」


 俺は振り向くこと無く叫ぶ。


『いやいや、これでも褒めてるつもりだよ。こんな愚かなことを通して行える存在は実に希少だからねぇ~』


「誰が愚かだ!!!!! 俺は本気なんだよ!!!!!!」


『果たしてそうかな? 若さゆえの一過性の思い込みに過ぎないんじゃないかな。姫と言うフィクションのキャラに恋をし続けるだなんて』


 


 忍兎姫梨おしとひめり、通称”姫”はMTGラブコメラノベ《姫はカードゲームしかできない!(通称:ひめない)》のメインヒロインだった。


 性格は内気で大人しめで、黒髪長髪の似合う古風な女の子。だけど趣味はMTGで、持ちデッキの親和を使わせたらまるで人が変わったかのように攻め続け、プロ顔負けの実力を持つそんなキャラだ。


 俺は姫に恋をしていた。


 一緒にMTGを遊ぶ友達も居らず、ひとり大会に参加して細々と遊んでいるだけの俺にとって、姫はあまりにもまぶし過ぎた。いや、姫だけじゃない。他のキャラもそうだ。同年代の高校生がふとしたきっかけで出会い、時に優しく時にぶつかり合い、MTGによってその絆を深めていく。どのキャラも魅力的で、こんなMTGライフを送りたい。いつ読んでもそう思わされる作品だった。


 だけど、そんな作品であっても一人だけ気に入らないキャラが居た。


 木津寝イナリ。この作品の主人公だ。


 いつもヘラヘラしてて何を考えてるか分からないし、突然神が降りてきたとか言って周りを困らせるし、そのくせ大事な勝負は豪運で勝つ。こんなどうしようもない男なのに、何故かヒロインには好かれている。実に都合の良いキャラでしかないはずなのに、不思議と読者人気も高い。


 嫉妬と言われたらそうかもしれない。でも、それだけ俺は本気だったのだ。


 ”〇〇は俺の嫁”


 ネットで流行りの言葉だけど、それを言うなら、間違いなく『姫は俺の嫁』だった。


 嫁の、はずだった。


 事件が起こったのは5月だ。ひめない8巻である。


 ひめないはリアルのMTGの流れを踏まえ、作者のリー・シュン先生が即座に時事ネタとして盛り込む作風として知られている。そして、現実のMTGでは3月に親和デッキの多くのパーツが禁止されると言う事件が起きていた。


 この事態に、ひめないのファンコミュニティには不安が広がっていた。


 ”姫の象徴である親和が禁止された結果、この作品はどうなるのか”

 

 結果としては杞憂だった。俺以外のファンにとっては。


 自分の魂とも言える親和を封じられ悲しみに暮れる姫にイナリは言った。


「別に……親和を使ってるから姫ってわけじゃないだろ。俺は、どんなデッキを使ってても真っすぐMTGに打ち込む姫が好きだよ」


 そうじゃないだろ!! 俺はイナリのセリフを読んだ瞬間、本を地面に叩きつけた。

 

 奥ゆかしい姫が荒々しい親和を使うから姫なんだろ!!! 親和を使わない姫なんて……姫じゃない!!! そんな姫になるくらいなら死んだ方がマシだ!!!!


 俺の思いとは裏腹に事態はどんどんと悪化していく。親和との別れを経た姫は、そのトレードマークとも言える黒髪長髪を心機一転切り落とし、セミロングとなる。そして、以前よりも社交的になろうと努力を重ね、クラスの文化祭では率先してコスプレデュエルスペースカフェを提案し、うさ耳を着けたメイド服姿で接客する姿が描かれていた。


 俺は8巻を読み終わると、その場でビリビリに破り、ゴミ箱に捨てた。そして、決心する。


 俺がひめないの続きを書く。


 そう思い立ったのがちょうど100日前だ。まずはインチキ狐野郎を主人公からクビにして、誰よりも姫を愛する俺にする。他にも暴力植物ちゃんを筆頭に魅力的なサブヒロインも居たが、それもクビにしよう。世界には俺と姫だけ居れば良い。


 俺と姫がこの世界を新たに創生するアダムとイヴになる。


 それ以来、俺は毎日、本物のひめないを書き続けている。書いてはブログに投稿し、いつか俺のひめないこそが本物のひめないであると証明されることを信じ続けている。


 その女が現れたのはちょうど50日目だったろうか。その日の分を書き終えた瞬間、そいつは俺のすぐ隣で当たり前のように顕在していた。


『フフッ、面白いね。君は自分が本物に成り代われると信じているんだ』


 何故かは分からないが、一目見た瞬間、その女が姫であると理解出来た。ラノベのイラストでも無い普通の女に。声だって、俺が想像していた声に相違ないけれど、その姫はセミロングでうさ耳を付けていて、俺の知らない紫の髪の色にピンクのパーカーで目元にハートのマークを入れている。


「だ、誰だお前は……!!」


『そんなの君が分かってるでしょ~。姫だよっ!』


「ふざけたことを言うな!!!! ど、どこから入ったのか知らないけど、け、警察を呼ぶぞ……!!」


『あらら、情けないんだから。そんな弱くて本当に姫の恋人になれるのかな~?』


「ッ……!!! う、うるさい!!! 出ていけ!!!!!」


『ほいほ~い!』


 そう言って、女はまるで煙の如く瞬時にその場から消え去ったのだった。




 その日以来、俺がひめないを書き終えるたびに女は現れた。俺の行いを否定し、一様になじり、まるで全てを見透かしたように煽っては静かに消えていく。その目的は一切分からない。まるで正気を見失うようなサイコな存在だ。


「原作の姫はとっくの昔に青単トロンに乗り換えてるよ。大好きなイナリくんが使う緑単トロンからの影響でね』


「でも姫は親和を使うから」


『それに10月にはラヴニカの発売だ。ミラディンが落ちたら親和と言うコンセプトそのものが無くなってしまうよ?』


「姫だけは親和を使える。いつでも使える」


『カードゲーマーはいつだって新たなカードセットやメカニズムに心躍らせる。それが楽しいからこそカードゲームと言うジャンルを遊んでいるわけだしね。けれど、君のやってる事は全くの真逆だ。君もカードゲーマーだと言うのなら、永遠に固執すること無く、無限の変化を楽しむべきじゃあ無いのかな?』


「俺と姫だけがひめないだ……永遠に、ずっと。」


『アハハッ!! それならそんな永遠がいつまでも続くと良いね!!』


 そう言って女は今日も俺の前から消え去る。きっと明日も、ひめないを書き終えたら、女は現れるのだろう。それこそ、永遠に。確信は無いけど、そんな予感だけはいつだってある。


 でも、そんな妨害に負けるわけには行かなかった。真実の愛のために、俺はこれからも書き続けなければならない。それこそが俺が姫にしてあげられる唯一の行いなのだから。


 きっと、そうに決まってる。

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