第39話 理不尽な教習

 現在いまはどうだか知らないが、と先に言っておく。


18歳の私は原動機付自転車、通称「原付き(バイク)」の免許が欲しくてしょうがなかった。

以前にも書いたが私の生まれ育った家は急坂の途中に建っており、一番近いJRの駅までは徒歩30分、もちろんバスなんか走っておらず、自家用車はあったが、そもそも「娘を駅まで送り迎えしてあげる」という考えが微塵も浮かんではくれない父

だったので「自力でラクする方法」を考えたら「原付に乗る」に行きついたのだ。

インターネットなんて無かった時代で、原付バイクは自転車に毛が生えたような値段で買えると勝手に思い込んでいたし、そもそも「どこ」に売っているかも知らなかった。正直なところ今も「どこ」で買うのかわかっていない。


話を戻すと、原付の免許を取るには免許センターに行くしかなかった。

これがまた、遠い。今でこそ車に乗るから「めんどくさいなぁ、遠いなぁ」くらいの

ボヤキで済むが、たしか8時から8時45分までの受付だったから、駅までの徒歩と

電車とバスの乗り継ぎをすべて逆算したら家を6時には出発しなくてはならず、

身支度まで逆算すると5時起床という、なかなか過酷なミッションであった。

それもこれも今日までの苦労だ。原付の免許(と、バイク)さえ手に入れば夢の

ラクチン時短生活が送れるのだ。まだまだウブな18歳の私は寝ぐせでついた

前髪のハネを気にしながら2時間かけて免許センターへと向かっていった。


なんせ30年超前の話で、あまりにうろ覚えなので原付免許取得の流れをググってみた。なるほど、どんどん思い出して来る。手順などは30年変わっていないようだ。


1.必要書類の準備(住民票写しや申請用写真、印鑑など)

2.適性試験(身体検査)

3.学科試験(90%以上で合格)

4.原付講習(いわゆる実技試験)

5.原付免許交付(すべて合格すると交付される)


本屋さんで参考書や問題集を買って1か月ほど勉強して当日を迎えた。

ひっかけ問題にさえ気を付ければ学科試験は通るだろうと思っていた。

これもうろ覚えだが、たしか学科試験の合否がわかってから実技試験があった

ように記憶している。学科試験は無事に合格した。


それまでは緊張していて気づかなかったが、いまから実技試験を受けようとする

受講者たちを見渡すと、圧倒的にヤンキー率が高い。

なにをもってしてヤンキーと言うかは難しいところだが、ざっくり言えば

若い(16歳なりたて?)、ド金髪、白のジャージ上下男子、ド短いスカートに濃い目の化粧の茶髪女子がと居る。

そこにまだ眉毛の整え方も知らないノーブランドのジーンズを履いた私、仕事で

必要なのか50代後半と思しき白髪交じりの女性が“混在”しており、二人は浮きに浮きまくっていた。

しかし、いまはヤンキーだろうが凡人だろうが免許を取得せんとしてこの免許センターに集った仲間だ。みんなで一緒に乗り越え、みんなで一緒に免許を交付してもらって一緒に笑って門を出ようではないか。


生まれて初めてヤンキー(と勝手に判断した人たち)に仲間意識を(これも勝手に)芽生えさせて始まった「4.原付講習」。


強面の警察官二人が「教官」のようだ。それだけでも緊張する。

しかしこちらもマジメだけがトリエなのだ。今から教えて貰えるであろうことを

一言一句聞き逃すまい。


「はい、では・・・」強面警察官が話し始めた。声量も太い声質も強くて怖そうだ。


「左車線であの三角コーン(50メートルほど先)まで行ったらUターンして反対側の車線で戻って来るように。それをまた並び直して続けて2回目を走ってください」




・・・・・・・え?・・・・・・・




私が呆然と立ち尽くしている間にも30人ほどいた受講者たちはみんな原付バイクの

エンジンをかけ、次々に発進している。

ちょ、あ、あの、その、オロオロしていたらついに私の順に来てしまった。

途端に流れが止まる。


強面教官が少し離れたところから手持ちの拡声器で怒鳴る。

「はい!次の人ー?!どんどん行ってやー?!止まらんといてー?!」


いや、あの、その、と言いながらエンジンのかかっていない原付バイクを手で押しながら列を離脱しようとすると、「ストーーーップ!ストップストップ!ストップ!」

拡声器で声を張りながら私に近づいてくる強面教官。


「ちょっと?!あんたナニしてんの?エンジンもかかってへんやんか?!」


私も、ここは今まで心に貯めていたことを言うしかなかった。


「あの・・・エンジンってどうやってかけるんですか」


強面教官の顔が引きつる。


「・・・・・・・・まさか、ほんまにわからへんのか?

乗ったことくらい、あるやろ?!」


「触ったのも初めてなんですが・・・?」


そんな「嘘だろ・・・」みたいな顔されましても。

拡声器で全員に向けて教官が問いかける。

「おーーい!ほかに乗り方わからんゆーやつ居るかー?!」


シーーーン、というやつである。受講者どころか教官二人まで

「乗れないなら来るなよ」的空気をビンビン出している。



乗れないから来たのに。

てゆか、乗るために免許取りに来たのになんで乗れなくて怒られてんの、私。



そして、落ちた。

それはそうだ。エンジンのかけかたを教えてもらえたってアクセルの強さも

曲がり方もわからないのだから。

転びこそしなかったが、コース上の交差点の真ん中で立ち尽くしたのだから

危険極まりないと判断され不合格だったのだ。


実技試験に落ちたのが私だけだったかどうかはわからない。


たしか実技試験が終わったあと、部屋に集められてみんな免許が手渡されていくのに

いっこうに名前(番号)が呼ばれず、最後まで残された挙句「不合格の方は

なにがいけなかったのかよく考えて、またチャレンジしてください」みたいなことを

事務局のかたに言われたように憶えているが・・・


コレって私が悪いの?!

原付買うのが先なの?

公道はダメとしても私道・私有地で練習してからじゃないと実技試験が受からないって、そんなんアリ?!


世(警察)の理不尽さを初めて知ることとなった18歳の春であった。


その後、無事に免許が取れたのだが、原付バイクを持っていない私が「どう」したか

というと、近くの親戚の家になんと福引で当てたという一昔前の原付が物置に眠っており、近所のバイク屋さんに手押しで持っていったら「オイルとガソリンさえ入れ

れば普通にすぐ乗れる状態」ということで、手押しでガソリンスタンドまで行き、

戻り、親戚の家の決して広くはない庭で練習させてもらった。

やはり触ったことがあるのと無いとでは全然違って、2回目の試験の時はまったく

緊張せず、なんなら速度超過で怒られたくらいであった。


必要ないから今は持っていないが、原付バイクは運転していて楽しい(楽しかった)

のでまた機会があれば乗ってみたいとは思っている。


最後にもう一度だけ書いておく。

現在いまはどうだか知らないが。

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精六さん 辻川果実ーエッセイー 辻川 果実 @381yuko

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