第34話 新人さんー②ー

 「ちょっと、それ、どういう意味!?」

楽しく会話していたつもりが、突如こう言って不機嫌になる人がいる。

私の周りで言えば、実の母が「そのタイプ」の人だ。

ほかにも友人知人含めて数名、思い浮かべることができる。


私が放った言葉にキレた人もいれば、仲間内で話していて急に喧嘩腰になり場を

凍りつかせた者もいる。

発言したほうは「そんな意味で言ったんじゃないよ、でも、ごめん」

そういって謝ることしかできないし、謝ることが正解だと思っている。

「まさかそんな風に言葉を捉えるなんて思いもしなかった(誤解だ)」というのが

本音だが、怒っているということは気分を害しているということで気分を害しているということはその人の心を傷つけたということなのだろうから

間違っても「はぁ?!なにキレとんねん」と喧嘩上等返り討ち夜露四苦な対応は

避けて通りたいと思う。

あくまでも私個人のスタンスとして。



ただし、である。



「それ(あれ)って、どういう意味(だったのだろう)?!」

とモヤモヤしたりクヨクヨすることは、よくある。


言葉の選択と言えば、以前にここでも書いた「新人さん」。

相変わらず返事は「あぁ~」だし、最近の流行りなのかミスを指摘すると

「気づいていただいてありがとうございます」という謎の返しも加わった。

それでも仕事の覚えは早いし、礼儀正しいし「良い子が来てくれた」と

ほくほくしていたのだが、3か月目のある日、急に雲行きが怪しくなった。


試用期間が終わる間際にあった社長との面談(続けられそうかどうかの簡単な雑談ときいている)直後から、あからさまに様子がおかしくなった。

まず、笑わない。喋らない。喋りかけても気のない返事をする。

患者さんにもぼそぼそと覇気のない受け答えをする。

「わたし、悩んでます、落ち込んでます」と全身から漂わせている。

あまりの変わりように社長に「こないだの面談で何があったんですか」と訊ねに行ったくらいだ。

でも、面談では「これからも頑張ります」と明るく答えていたようだ。


この数日でナニがあったっけ・・・?彼女の居ない時間帯に、ほかのメンバーと話し合ってみる。この数日で思い当たることと言えば、彼女が混雑時の仕事のスピードについていけないので全員で彼女の仕事をサポートした(=してしまった)のが「のろい」と暗に言われているようで傷ついた(傷つけた)のかもしれない、という結論に達した(しかし今に始まったことではない)。

ちなみに誰かのことを「のろい」など思う余裕も無い。

狭い薬局なので準備できた順にどんどん投薬していってもらわないとすぐ満席に

なってしまうのだ。

準備している最中にも患者さんは来るし、電話は鳴るし、レジも打たなくては

いけないし、たとえ分担制にしていても混雑時には「できる人ができることをやる」

それがウチスタイルだ。

それも仕事に慣れてきたら解決するだろう、と私は楽観視していたが

ほかの2人のメンバーから

「慣れる前に辞めちゃうかも」

「あの“話しかけないでくださいオーラ”は尋常じゃない」

「悩んでるのはそこじゃないかもしれない」

「ちゃんと何が原因なのか話し合ってみた方がいいのではないか」

そう言われたので、その日の午後がたまたま新人さんと二人になるタイミング

ということもあり、話しかけてみた。


「あの、さ、2日ほど前から、なにか、悩んでるよ、ね?」


オドオドしてはいけないと思うのに、言葉が途切れ途切れになる。

返事が無い。こっちを見てもくれない。まっすぐパソコンのモニターを見つめている。10秒ほど時が流れる

無視か?と思った、そのとき彼女が言った。



「こんなことになるまでに

どうにかできればよかったんですけど」



また無言の時が流れる。


「こんなこと」や「よかったんですけど」の説明があるのかと待っていたのだが

モニターを見据えたまま彼女は動かない。



ドウイウイミ・・・?



ここで聞き返すのは私の主義に反するというのに、マジ意味ワカンナイ。

ようやく出た言葉は


「あの・・・コンナコト、とは?」


「こんなことになるまでにどうにかできればよかったんですけど」

漫画やドラマでこの台詞が出てくるときは、殺人、自殺、横領、不倫・・・

とんでもないコンナコトが起こらない限りは日常生活でなかなか

聞くことが無い言葉である。


また十数秒経って、彼女が口を開いた。


「実は、転職しようと・・・

でも、うまくいかなくて・・・」


彼女は真剣なのに大変申し訳ないが、この一言を聞いてまず浮かんだのが

「インディーーーーーーーーーーーーーーーーーーど」というCMだった。

そして合点がいく。6月からやたら転職のCMを観るなとは思っていたが

入社3か月目でぶち当たる壁に合わせてきてるに違いない。


話は戻って、転職というキーワードを聞いて、私の頭も少しパニックだ。

「仕事の〇〇ができない」「〇〇で悩んでいる」という話を聞こうと思っていたのに

「転職活動がうまくいかない、と言われましても」という状況である。

それに「うまくいかない、って転職しようとしたのが昨日今日の話じゃ無いって

こと?」と聞いてみたいのをぐっと堪える。


なんで転職しようと思ったん?と訊ねると


「混んできたときのが自分には無理かな・・・って」という答えだった。


なので、全部は書かないが彼女に伝えたことは

(1)3か月もいるのに全然慣れない、というのはこの先半年後、1年後も

ずっとぶち当たる“壁”だということ。

(2)転職を止めはしないけど、ほかの薬局も似たりよったりだと思う。

(3)ただ、彼女が無理だと思った「せわしなさ」という点ではうちのメンバーが

特にせわしない感じがするのかもしれないので、転職より先に異動願いを出して

みてはどうか。仕事はできているし、ウチの環境が合わないだけという可能性も

あるから社長も悪いようにはしないと思う。

(4)みんな心配してる。落ち込んだり、ムスッとしてしまうことがあったとしても

それが誰かのせいじゃないなら最後まで明るく仕事してほしい。

患者さんにもハキハキしゃべってほしい。


この話がいまから約1か月前の話である。

彼女は、まだ働いている。話してスッキリしたのかもしれない。

でも、たまに体調不良で早退したり、欠勤したりする。

本当に体調不良かもしれないのに「転職活動ですか」と思う意地悪な自分がいる。

そしてそれを口に出さなければギリセーフだとも思っている。

聞かなかったこと、にはできないのだ。

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