第30話 サプライズ

 今年の夏休みの日程がほぼ確定した。

お互いの家のお墓参りを一日でするという少々バチアタリなことを

許していただければ、公休を含め2泊3日でどこか旅行に行くことも可能だ。


キャンプには行かない。

キャンプ道具を揃えたときに、精六さんと約束したのだ。

「夏は、しません」と。


それなのに、去年はなぜか台風が過ぎ去ったあとの九州にいた。

精六さんが毎年参加している車の大会が秋まで延期になって予定が空いたからだ。

そのときの日焼けあとはもはや地色となり、シミにならぬかと現在戦々恐々だ。


私たちが休日を一緒に過ごすときは、ほぼ100%精六さんが予定を決める。

そうしてほしいと言ったこともなければ、そうしたいと言われたことも無い。

語弊があるといけないが、大まかにいえば「俺についてこい」タイプなのだ。


旅行や遠出は、私はほとんどミステリーツアー状態で助手席に乗る。

しいていえば、お風呂の準備は要るのか、寒暖差のある場所に行くのかは

あらかじめ聞いておくが「暑くても寒くても大丈夫なカッコしといて~」という

羽より軽い言葉が返ってくるだけである。


私は寒さに滅法弱い(大嫌い)ので、ほとんど暑さ対策はしていかないのだが

去年の九州来訪時はソフトクリームを買えば一瞬で手にたれてくるほどの暑気で

「お風呂上がってからさっきのTシャツをもう一回着る」なんて芸当は全然無理で、

ドラッグストアでシャツと下着を買い足す羽目になった。その苦い経験を経て

最近では精六さんのTシャツを多めに持っていく(兼用)という手段を取っている。


さて、今年の夏休みである。

さきほどミステリーツアーだとは書いたが、だいたい筒抜けなんである。

ユーチューブを開いたらその土地の「予習」のあとがある。

突然「トレッキングシューズって持ってるん?」と訊いてくる。

夕飯時にその土地のライブカメラなどを見だす時もある。

なので「ああ、次はここに行くのかもなぁ」くらいは予想したりする。


ちなみにその場所とは、上高地だ。

私も一度は行きたいと思っている。が、精六さんも私も雪の残る穂高連峰と

梓川(清流)というベタな景観を望んでいるので、夏休みではないかもしれない。


とはいえまだまだ先の話だし、精六さんが行程を決めてくれるし、私は上高地の事も

夏休みの事もすっかり頭から消し去っていた。

そんなある日のこと、だ。

精六さんが休みだったので、あれは水曜日だったのだろう。

帰宅すると、普段そんなことしないのに彼が外で出迎えてくれた。

「???どうしたん、どっかいくの?」

「ちゃうちゃう。まぁまぁまぁ、家入りぃな」

???。ドアを開けてくれて、私ファーストでリビングに向かう。

部屋の中は特段変わったところはない。

一瞬、ごはんでも作っといてくれたのかなと期待したのだが、コンロの上には

鍋ひとつ乗っていない。まぁ、そうだろう。


どうしたの、ほんとに


と振り向こうとしたら、突然のバックハグ。

ええええ?!いや、うちではそんな珍しいことではないけども、だ。

それでもこの流れからの「うしろからギュー」は明らかにサプライズの予感

しかない。

さっきの彼の表情からしても、悪いニュースを聞かされる感じはしない。


そういえばもうすぐ結婚記念日だ。

結婚記念日と言えば、スイートテンダイヤモンドだ。

若い人にはわかるまい。

どこかの宝飾店が結婚10周年には10個のダイヤがついたアクセサリーを

奥様に贈りませんかと、ジャンジャンCMを流していた。

今このCMを流そうもんなら、なんで男性から女性なんだとかなんとか

叩かれそうな設定だったのだが、私が幼い頃などはその言葉の響きに多少の

憧れを感じたものである。

しかし、私たちは8年目。少し早めのお祝いにしても、スイートナインだ。


「目、つぶって、前に手、出して」


冗談はさておき、なにかをくれることは確定した。

素直に目を閉じる。水を掬うような形で両手を合わせた。

サプライズでプレゼントなんて、ほんと、どうしt・・







チリン







そっと目を開けて、我が手のひらを見る。

そこに置かれていたのは、当然スイートテンでもナインでもエイトでもなく



であった。


赤いリボンのついた、小さいカウベルのような形の。


私のまばたきの数が多くなる。彼は私をうしろから抱きしめたまま耳元に

唇を寄せてこうささやいた。


「クマよけ」


ドラマ「ガリレオ」で湯川先生が推理をまとめる時の場面のように、私の脳が

フラッシュする。そういえば、上高地のユーチューブチャンネルが並ぶなか

「クマ遭遇!」とかのチャンネルが、あった。

ヤフーショッピングで「クマよけスプレー」を検索している姿も視界には入っていた。


「わぁ・・・ありがとー?」


夫には申し訳ないが、お礼が疑問形だ。

少なからず、クマに遭遇するところに私は近々連れていかれるという理解でよろしいでしょうか。


「上高地に決めたん?」

「「ん?それは言えんけど、九州以外はクマがいるんやから持っててエエやろ?」


なるほど。今年の旅行先は九州ではないことが、わかった。


この時のやりとりを五七五七七で詠んでみた。


バックハグ

されつつそっと

渡された

小箱開けたら

熊よけの鈴


去年に引き続き「第2回カクヨム短歌・俳句コンテスト短歌の部」に応募していて

そこに載せようかとも思ったが、やめた。このエッセイを書きたかったので。

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