第29話 脱皮男ー②ー

 うちの店長は、まぁまぁ太っている。

今でこそ還暦も過ぎて、カロリーを気にせねばならぬ持病も発覚して徐々に痩せて

きたが、私が入社した当時は身長170センチちょいで100キロ近い体重を有した巨漢であった。。


もちろん恰幅の良い体型でも着られる白衣というのはちゃんと売っていて、その当時の彼の白衣は3Lであった。

ただし、それは長袖の白衣の話だ。

太っている人のだいたいがそうであるように、彼もまた相当な暑がりで

そのため夏場は半袖の白衣を着用する。

あまりメジャーではない(人気がない)半袖白衣は販売元も限られているうえに、

男性用も「LL」までしか選択できなかった(当時)が、夏場になると少しスリムになるのか、長年買い替えてないから生地が伸びたのか、LLでも問題なく着こなしていた。


ところが。その年は店長がスリム化することなく夏に突入してしまった。

なんなら若干プラスαな肉付きで。


それでも店長にとって衣替えは大事な行事らしく、彼は半袖(LL)白衣に

袖を通した。

想像したとおり、第一ボタンが天井を向いている。

第二ボタンはボタンホールにかろうじてかかっている状態で、はちきれてボタンが

飛んできそうだ、が、本人がそれで良いと言っているのだし私は静観するのみだ。


それからほどなくして、私が店長(薬剤師)の補助作業(ピッキング)をしていたら

彼の手元からボールペンがすべり落ちた。

カラカラカラ・・と乾いた音をたてて床を転がるボールペン。

それを目で追ったのち、数歩進み、腕を伸ばし、ボールペンを拾おうと

彼が身をかがめた

その瞬間




パンッ・・・!




と、こ気味良い音とともに、店長の、背中が、割れた。


そう、白衣の後ろ身ごろがど真ん中で縫製されており、身をかがめたと同時に

縦にパンッ!と破れ弾けたのだ。


脱皮、いや、もはや、羽化・・・!!


さきほどまで前身ごろが弾けると踏んでいた私は、まさかの羽化に襲い来る笑いの

波を我慢し、平静を装いトイレに向かった。

例えば座った瞬間にズボンがビリッなどはよくある話で、太っていようが痩せて

いようがアクシデントは誰にでも起こりうるのだが、あの一連の流れからの、羽化。

店長の事は好きではないが、このエピソードは気に入っている。

このあと店長は年中、長袖白衣を着用するようになり、夏の調剤室の冷房は

18℃設定になった。私は調剤補助の日、真夏にヒートテックを着用している。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る