第29話 脱皮男ー①ー

 結婚当初、精六さんのアトピー性皮膚炎は増悪期真っ只中であった。

夜中に掻きむしって関節、耳の裏、頭皮、どこかしらから出血していた。

頭のフケもひどくて、本人はそれが大きなコンプレックスでもあった。


それまでも皮膚科には通っていたが、薬以外のことは特に頓着無く過ごして

いるようだったので、口コミで良いとされるシャンプー、ボディソープに替え、

保湿効果の高い入浴剤も導入した。

結婚という環境の変化も良い効果を生み、およそ一年後には精六さんの肌は

一見アトピーだとわからないまでになった。


それが精六さんを少しだけ調子に乗らせてしまった。


ある年の夏、精六さんは帽子も被らず、首元にタオルも巻かず、当然半袖で

炎天下のなか何時間も車の整備をしていたため、火傷級の日焼けをしてしまい

数日間はお風呂に入るたびに甲高い悲鳴をあげていた。

そこから1週間ほどすると皮膚の炎症が治まり、皮が張り、そのうち

ペロっと大きくめくれた。

精六さんはその皮を愛おしそうに見つめ、振り向きながらこう言った。


「剥けた♪」


日焼けによる皮むけは、精六さんの「夢」だったのだそうだ。


「コレ(皮むけ)はな、健康な肌にしかでけへんのやで?

同級生が夏休み明けに皮めくれてるん、どんだけ憧れたか」


彼があまりにウキウキと嬉しそうに話すのでホロっときそうになった。

そうか。小さいころからアトピーで積極的な日焼けは避けてきたん

やんな(たぶん)。よかったね・・・(ホロッ)


精六さんは綺麗にはがれた500円玉サイズの皮膚をテーブルに置いた。


???捨てないの、それ。


「財布に入れとこうかなと思って」


やーーーーめーーーーてーーーーー!


財布に入れてええんは蛇のぬけがらだけやから!

来年も焼いて剥けたらええやんか。なんでそんなおもろい発想するん。


「わかった・・・ちょっと嬉しすぎたからさぁ・・・」


かなりショボンとしている。私が想像しているよりも「初めての脱皮」は

大事なものなのかもしれない。

強く否定し過ぎたことを反省し

「あの、そんなに大事なら、捨てんでも、ええよ・・・?」と言った。


「いやいや、捨てる捨てる。これからまだまだ剥けるし」


そう言って右腕をずいと私の前に突き出してきた。

たしかにまだまだ大物がめくれそうな勢いだ。


「今日さぁ、昔から俺のアトピー気にしてくれてるお客さんが点検で

来てくれはるん。


俺もついに皮剥けましたって言おうかなぁ♪」


まぁ、言うのはいいんだけど

お願いだから、「右腕の」って付けて話してね。

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