第26話 笑わざるもの-2-

 母は七人兄弟(姉妹)で、そのなかでも一番仲の良かったのは2歳下の妹で、

私にとっても一番親しかったその叔母の訃報は、職場で受けた。


彼女が約半年もの間、過酷な闘病生活を送っていたことを誰も知らなかったので

母は勿論、ほかの兄弟姉妹、親類の驚きと悲しみは相当なものであった。

それでも、火葬場の順番待ちの関係で葬儀の日取りが一週間後だったということも

あって、当日は皆、泣き尽くし、泣き疲れて、少し落ち着いて参列できていたように

思う。


叔母の家は宗派を持たず、「音楽葬」という形式で執り行われた。

クラシック音楽が流れる室内に棺が置かれ、献花をし、喪主であるご主人がされる

様々な思い出話を聞きながら正面の遺影を見ると、やはり涙がこぼれた。


式は粛々と進行し、隣接の火葬場へと向かうことになった。

その斎場だけかはわからないが、私は初めて見るスタイルで、台車というかストレッチャーというか、なにしろ棺をずーっと喪主さんないしお子さんが運んでいくのだ。

別館の火葬場の入り口まで、ずっと。斎場の案内係の方は先頭を歩いている。

「よその常識」を知らないので違和感しかないが、時代の流れもあるのかもしれない。


詳しくは憶えていないが、ずらっと火葬のための扉が並ぶ通路に着くと、先頭を歩いていた案内係の男性が落ち着いた口調で言った。


「Cの・・・3番、に、お入りに、なられ、ます」


その口調がなんとなく、こう、うまく例えられないが、結婚式っぽいのだ。

「新郎新婦、ご入場でございンます」的な。

鼻にかかった、ちょっとムーディーな口調というか。

もっと言えば、あの、とてもゆったり喋る戦場カメラマンさんのよう、というか。


いやいやいやいや、こんな状況で、そんなこと気になってるの私だけやん。

なんにでもオモシロ要素を見つけようとするのが私の悪い癖だ。


叔母の火葬が終わるまで、私たちは精進落としの意味合いで食事の席が用意されて

いた。叔母には3人の子がおり、まだ小さい孫もいる。私にとっても、いとこの

子どもたちというのは会う機会がなく、ほとんどの子が初めましてだった。

「葬式は、孫の祭り」という言葉があるが、葬儀や法事で小さな子どもが親に

じゃれて屈託なく笑う声や姿というのは、私は好きだ。ありがとう、と思う。

きっと「せい」を感じるからだろう。


さて、そうこしているうちに、先ほどの案内係の男性が

「ご用意が、整いました」としらせに来てくれた。火葬が終わったのだ。


お骨拾いはご家族と兄弟姉妹でというお話だったが、母が車椅子移動のため

私も一緒に中へ入らせていただいた。

私は人生初のお骨拾いだった、祖父母の時は私が幼すぎて火葬場にも連れて

行ってもらえなかったのだ。


骨になった叔母と対面する。不思議だ。骨だ、それ以外の言葉が出てこない。

家族じゃないからだろうか。悲しみもなかった。


どういう手順で進むのかしらと思っていたら、さきほどの

ムーディー案内人が口を開いた。


「それでは、ご説明、させて、いただき、ます」


わざわざこの話をエッセイに書こうとしたエピソードが、これで

彼はそこから、ずっと「骨」の部位の話をし出したのだ。


「こちら・・・サコツ・・・で、ござい、ます」

「こちら・・・ダイ・タイ・コツ、でございます」

「こちら、少し、青みがかったよう、に見えます部分は、体内にあります

銅や、鉄などの物質が、高温で火葬されたことによって着色する、と言われて

おります」

「続きまして、こちら、シツ・ガイ・コツと申しまして、いわゆる、ひざのお皿の

部分で、ございます」


それはまるで、「こちら、シャトー・ブリアン、で、ございます」という口調で

骨と言う骨を説明してくれたのだ。


その説明を聞いてる間、叔母(の骨)が寒そうで、なんだか気の毒だった。

骨になったなら、手早く壺に収めてあげるのが、いいような気がする。

個人的意見として。


私には、今の医学で完治は難しいとされる病と闘っている友がいる。

その病名を聞いたら「シ」を連想するのも無理からぬことで、彼女は

最近、会うたびに“終活”プランを話してくれる。

聞いた私の気持ちが沈まないように、明るいニュアンスで。

不器用で、優しい人だ。

「もう!そんな話やめなよ!縁起でもない!」と言うのは、たぶん、違う。

「明るく、笑顔で見送ってほしいねん」と彼女は言うが「無茶言うんじゃねーよ」

と思う。遺言は、まだ受け付けてあげない。

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