第25話 笑わざるもの-1-
「笑ってはいけない」という事態に遭遇することがある。
それは「いま、とても笑っていられるような状況ではない」ことがほとんどで、
その最たる場面といえば、葬儀の場、ではないだろうか。
今回は私の父と、母の妹の葬儀の話だ。
父が亡くなったのは2022年6月。まだコロナ禍と言われていた頃であったが
外出などは少しずつ通常に戻りかけている、そんな時だった。
ただ、冠婚葬祭を含めて大勢で集まること、そこに参加すること、参加してきた
のを口外することは、私たちが住む地域ではまだまだヨシとしない雰囲気があって、
父の葬儀も「家族葬」という形をとった。
父は退職後に得度して僧籍を持っていたので、葬儀は父がお世話になっていた
お寺さんにお願いすることになった。
私は40歳まで実家に住んでいたこともあって、父との会話もわりと多かったので
仏教用語、と言っていいのかわからないが、普段耳慣れぬ言葉も知識としてはあった。しかし、わからないことのほうが圧倒的に多かった。
「マクラギョウ」「ゴゼンリョウ」「ゴドウシサマ」ナンジャソラ、な世界。
最初に苦労したのは、お金のこと。
お坊さんにお渡しするお金の相場を、斎場の方に訊いても教えてくれない。ネットで調べてもコレという金額が出てこない。恥を忍んでご本人に「おいくら包めばよろしいですか」と訊ねてみたが「お気持ちだけで」とおっしゃる。
「これだけ包んどけば大丈夫やろ」の下限もわからず、かといってドーンと包める
ほどの経済力もなく、最終的には精六さんのお友達のお坊さんに「あくまでも一般論でいいので」と、失礼のない金額を教えてもらったりもした。
結局、今もって尚「相場」はわかっていない。
さて、いよいよお通夜だ、という日の正午頃。私のスマホが鳴った。
今日来て下さるお坊さんからだった。
「言い忘れてました。今日の〇〇葬儀場は私とは違う△△教区の管轄ですので、
その教区からひとり僧侶が来られます。」
平静を装いながらも、目が泳ぐ私。
「二人でお経をあげてくださる、ん、ですね。
あの、その、えーっと、その方にもオツツミするもの、ですよね・・・?」
「はい。その場合はお値段の相場が決まっています。〇万円~▽万円です」
もはや、ヒトケタ万円なら驚かなくなってしまうくらい、お葬式にはお金がかかる。
結局〇~▽の間をとった金額にした。
また、参列をご希望いただいたたくさんの方々に「コロナ禍だから」とご来場を
お断りしたのだが、私は“お寺さんの横のつながり”というものを甘く見ていた。
父が得度した際にお世話になった方はもう亡くなられているので、父の葬儀を執り行っていただくのは跡継ぎの息子さんだ。
まず最初に「母(お世話になった方の妻)がどうしても行く言って聞きませんので」と、お母様を連れてこられ、そしてそのお母様の弟君は、父と一緒の職場に居た縁があるそうで「弟が是非にと申すもので」と連れてこられた。
そうなると、弟君も僧侶なので「私も一緒に」と友情出演のような恰好になり、
教区派遣さんも含めて3人ものお坊さんにお経をあげていただくことになった。
なかなか、豪華である。
兄と私で決めたこととはいえ、家族葬という形で本当に良かったのか、父の遺志は
違ったのではないか、いろいろモヤモヤしたものが少し癒された瞬間であった。
そんななか、会場の後方で斎場のスタッフ2、3名が、にわかに慌てた雰囲気を
醸している。すると、メインの僧侶が連れてきたお母様も動きがおかしい。
そわそわされている。
そういえばお通夜の儀が始まる前にお母様が「・・・のタイミングで、コレを
流してください」と若いスタッフに声をかけていた。
コレ、とは、一個のカセットテープであった。
「カセット、ですか・・・」と若者は困惑し、上司に相談したところ、昭和感
満載の大きなステレオ一体型のカラオケデッキを台車で運んできた。
そこまでは私も横目にはみていたが、そもそもお通夜の流れもよくわからないし、
慌ただしくなるまではカセットのこともすっかり忘れていた。
そして、時は来た。
「おーーじょーーあんらっこーーーーー」(チーーーーーーーン)
(往生安楽国)
南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏と幾度となく繰り返されるナムアミダブツ。
お母様、右後方の若スタッフに目線を送る。
若スタッフ、軽くうなずき、スイッチを押す!
キュウーーーーーーン
みこ、みここ、キュウン、みこみこみこころに~~~ボエーーーー
まさかのDJスタイルで流れ出す、浄土真宗版讃美歌(?)。
慌てる若スタッフ。ええ?!と声に出してしまうお母様。
慌てすぎてカセット取り出し口を開くと、ベロンベロンに絡まって噴き出してくる
テープが、もはやなんだか御目出度い。
そこにさらにお母様のスマホがauのCMよろしく、テンテレテン、テンテレテンテンテン♪と鳴り出し、会場はよく焚かれたお焼香のスモークもかかり、走馬灯の後ろから傘の上に毬を乗っけて回す人が出てきそうである。
ふと横を見ると、精六さんが、自分の右手親指の付け根を色が変わるほど強く押さ
えて笑いをこらえている。笑いが抑えられるツボがあるのか。いやしかし、こらえ
きれずに、瞳が笑いに満ち溢れているではないか。
姪も「でも、いま、絶対に笑っちゃいけないんだよね?」と言いたげにこちらを見るが、マスクで隠れた口元は相当緩んでいるに違いない顔が想像できた。
もう、これは父が88歳という歳まで生きたから笑い話になるのであって
悲しみに包まれた葬儀だったなら怒りに変わっていたことだろう。
父が亡くなって1年半。大変だったことはあまり思い出さない。
ただ、あのDJ讃美歌と、iPhoneの着信音は時々思い出したりする。
2は、叔母の話。
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