【精六さん小咄】ー母と新しいテレビー

 昨年末、実家のテレビが壊れました。


ある日突然というわけではなく、数か月前から10チャンネルが映らなくなり、

次第にほかのチャンネルも映らなくなり、壊れる数日前にはパッと映って消える、

一瞬音が聴こえて消える、フラッシュ暗算かイントロ・ドンのようなことに

なってしまい、最期の日は電源も入らなくなりました。

地デジに切り替わるより前からあったので16、7年は頑張ってくれたと思います。


母は86歳。60代後半から五度(大腿骨1、足首1、背骨3)骨折したことも

あって、あまり長く歩いたり立ったりできないので、今では一日中テレビの前に

座っています。

五度もの骨折でツライ思いをしたはずなのですが、いまだに慎重さに欠けると

いうか、かなり大胆に体をひねって物を取ろうとしたり、うしろに椅子があるか

確かめもせずに座ろうとしたりするので実家に行くたびに肝が冷えます。


そんな引きこもりの母と外界を繋いでいる魔法の箱、テレビ。


その“テレビ選び”が、まず大変でした。

昔のテレビは画面の真下から生えた一本足スタイルだったので、置き場所が多少

狭くても大丈夫だったのですが、いまはテレビが薄型になったこともあり二本足

なのです。つまり、テレビ画面と同じ幅の台がないと置けないわけです。


母は今でこそおとなしいですが、骨を折るまでは毎日・毎週くらいの勢いで部屋の

模様替えをする人で、この壊れたテレビも北を向いたり西を向いたりいろいろ

移動させられていましたが、ある時から暖炉の上に鎮座していました。

暖炉と言っても人工的な疑似炎が演出される暖房器具で、天板は身長159センチの

私のみぞおちくらいの高さです。


そう、テレビの設置場所にしてはまぁまぁ、背が高いのです。


そして横幅は約50センチほどで、狭い。


現在、一本足テレビも製造されてはいるのですがニーズが少ないからでしょう、

お値段が高い。極端にいえば、二本足タイプより倍近くお高い。

結局、母と相談しまして、東側に私の腰くらいの高さの古めかしい箪笥があるので

そこが新しい二本足テレビのお迎え場所となりました。


ド年末でしたが、精六さんのお友達の電気屋さんに来ていただき、無事設置完了。


慣れとは怖いもので、十数年も暖炉の上にあったテレビを観ていたので気づきませんでしたが、今回少し低い位置になっただけで首がラクです。

母もそう思ってくれているだろうと訊いてみましたが、そこは「べつに」と女優さん

みたいな返事を返してきただけでした。


それから半月ほど経った、先日のこと。


実家に行くと、母が「電気屋さんに電話をして来てもらいたい」と言うのです。

どうしたん?と聞いたら


「新しいテレビになってから、アイバくんの脚が短くなった」


と言うではありませんか。


「アイバくん」とは、あの、アイバくんです。

母は毎週、彼の料理番組(という括りでいいのかわかりませんが)を楽しみにして

います。私もちょうど実家にいる時間帯で、いつもその番組の途中で帰るのですが

サワベくんの「キッチンタイマーボーイ!」のくだりはほぼ毎週観ています。


その、アイバくんの、あし・・・?


「そう!アイバくんの脚が3センチくらい、ちぢんだ!

コトウゲくんも、あそこまで短足とちごうたよ!?」


コトウゲくんは短足だと確定している言いぶんは多少気になりましたが、

少なくとも今ここで問題視すべきは


「電気屋さんに、なにを期待してるねん」ということです。


母が言っていることを確認するためにテレビを点けて、誰か全身が映る瞬間を

待ちます。

当然、画面の下の方に流れる文字や絵が歪んだり、縮んだりもしていません。

なにしろ、新品ですから。


チャンネルを変えているとようやく、そもそも脚が長そうな俳優さんの

全身が映ったので「どう?!」と聞きましたが「この人が3センチ縮んでも

わからへんわ」と至極まっとうな答えを返してきます。くやしい。


今日は日曜日。これは「ガチなアイバ」で検証してみるしかありません。


ついに18時を迎え、番組が始まりました。

それまでの時間帯に一緒にテレビを観ていても何も言わなかった母でしたが

アイバくんの全身が映るや「ほらぁ!!」と勝ち誇ったように私の顔を見てきます。


いやいやいやいやいや。変わってない。

今日のスタイルはちょっと作業ズボンみたいなやつやから短く見えるかもしれん

けど、と説明しても「ちゃう!ヒトのカラダとして、おかしい。上半身は普通やのに

なんでこんなに脚が短いん?」


母、譲らず。


でも、私も譲りません。「アイバくんの脚が短くなったので、画面を調整してほしい」なんて、たとえ初対面の電気屋さんにも言えるわけありません。


だから、考えました。原因を。


(1)今までのテレビは設置位置が高かったため、母は下から煽るようにテレビを

観ていたため、目の錯覚でアイバくんの脚が長く見えていた

(2)母は遠視の眼鏡なので、ど真ん中しかピントが合っていないため、顔をまっすぐにしてテレビを観たことで、アイバくんの真の姿に気づいてしまった

(3)ほんとうに、短くなった


(3)は冗談です。母の見え方では、相当短いようなので。


ただ、ほかに映っている人たちのことはなにも言わないので、アイバくんにとっては

イイ迷惑でしょう。

アイバくんだけが、母の瞳に、にゃんこ大戦争のように映っているのです。


でもそのときスマホのCMが流れて、撮った写真の人物を移動できたり、背景に映り込んだ人を消したりできるという内容だったので

「・・・もしかしたらイマドキのテレビは画面調整とかでアイバくんの脚が長くできる・・・?」と自信を失いかけましたが、

その理論で行くとテレビに映るウェルシュ・コーギーはどうなるのか。

脚が長けりゃいいってもんでもないのです。

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