第24話 ヒーリング難

「ヒーリングミュージック」というものがある。

癒されたいとき、心を落ち着けたいときに聴く音楽ということなのだろう。


「僕はヘビメタを聴いている時が一番癒されるんだ」という趣味・嗜好の話では

なく、α波であるとか、マイナスイオンとか、そういう「なんだか落ち着く空間を

演出する音」をテーマに沿って集めたものだと私は解釈している。

川のせせらぎ、波の音、木漏れ日が入る森の中で大樹の葉がすれる音、草原をわたる風をバックにオルゴール音や、しっとり演奏されるピアノ、バイオリン。

ガムランや水琴窟の音を集めたものも見かけたことがある。

単体で収められたものもあるし、それら全てを合わせてアレンジしたものも多い。


私の勤めている薬局では店内BGMでCDを流している。

前社長がポップスや歌モノを禁止していたので、もっぱらピアノ音楽を流していたのだが、あるとき「ヒーリング音楽」という存在を知り、ばかり買うようになった。

「そういうの」とは、「自律神経が整う」とか「心が疲れた人に効く音楽」とか

「不安を解消する」や「イライラが消える」といったズバリなタイトルが付けられた

音楽集のことだ。


睡眠中に動悸がし、思い当たることがないのに「どうしよう、どうしよう」と謎の

不安が襲ってくる恐怖を常に抱え、イライラこそしなかったがやたらメソメソした

日々を過ごしていたときに、それらのタイトルはいとも簡単に私の財布の紐を

ぶっちぎった。

まったく自覚は無かったが、どうやら私は「ものにすがる」タイプのようだ。

天然石を集め出したときに私が変な宗教に傾倒したのではないかと精六さんが

心配していたが、私は「モノ」にはあまり期待しない性質たちだ。

祖父と母の影響で洗礼も受けたカトリック教徒ではあるけれども、心えぐられる試練

に喜びを感じられるほど、私の信仰心は厚くない。

だから「もっといい宗教」をオススメされても、ソコにはいかない気がしている。


私としてはサブリミナル効果的な、はたまた、聴くだけで英語が話せるようになるスピードラーニング的な、聴き流しているだけで心が凪いでゆくようなそんな効果を

ちょっと期待していたのだが、結果から言うと「んなわけない」のである。

ただ、仕事の邪魔にも足しにもならないため、一日中リピート再生にしていても

「飽きる」ということがなく(個人的感想)、シンとなった時に小さく流れるピアノや川のせせらぎは薬局の待合室としてはアリであった。


ところが、だ。


飽きるということがない、と言ってスグ書くのもナンだが、毎日一緒だとさすがに

飽きるのだ。そこで、あるとき6枚買うと1枚は無料になるという購入サイトを

見つけ、まとめ買いした。

これで毎日違う音楽が聴ける。

店内で流す音楽に関して著作権のことがよくわからないので正式なタイトルは

書かない。良いことなのか、厳密にいえばダメなことなのかも実は知らない。

先に言い訳しておくと、著作権フリーと記載されているCDも中にはある。


初めて聴くCDの、初めて音が鳴る瞬間が好きだ。


いまはネットで試聴してから買えるのだろうが、私は試聴をほとんどしたことが

ない。スマホの中に取り込みたい楽曲は、既に知っている曲ばかり購入するので

試聴する必要が無いからだ。

だからその6枚も、届いたその日が「はじめまして」であった。


少しわくわくしながらディスクを入れて、再生ボタンを押す。


・・・うん、いいんじゃないかな。

ちょっと明るめの、ウクレレ主体のボサノバ、そこに自然界の音が入って

ここちよい出だしだ。


そこから仕事をし始めてから、1時間ほどした頃だった。


「ねぇ、ちょっと?」


薬剤師Mさんが声をかけてきた。

この薬剤師さんであれ、誰であれ「ねぇ、ちょっと」から始まる会話で良い話だった

ことは一度たりとも無い。9割9分9厘、いまから私は怒られる。

なにをしただろうか、入力ミスか、棚卸の数え間違いか、なにした、わたし。



「この、チュンチュン言うの、やめてほしいんだけど?!」


・・・ちゅんちゅん、ですか?!


「そう、ほら、いまも!すぐそこに鳥がいるみたいで気持ち悪くない?!」



・・・ああ、これか。ヒヨヨヨヨとかカッコーとか高原の中で聴こえてくる鳥の声が聴こえている。

なんなら鈴虫や、時には蛙、山の中で聴こえてきそうな正体不明の虫の鳴き声も

入っていたため


「このリーリーゲロゲロ言ってるのも気持ち悪い」


と追いクレームまで付いた。


私は慌ててCDを切った。


これより前に、もうひとりの薬剤師Wさんは「ピアノの音が嫌い」とおっしゃられ

たことがあって、待合室の音楽でピアノじゃないものを探すのが大変で、かといって

私の同僚の事務員さんは「無音が苦痛」と言ったので、結局Wさんに我慢して

もらって音量をかなり絞ることで落ち着いていたのだが、


そこに下された「ちゅんちゅん禁止令」。


私は少し血の気が引いた。

なにしろ、あと5枚もあるのだ。

店内で流して試すわけにいかないので、昼休みに入ると私は自分の車に向かった。

チュンチュンするかどうかの検閲、そう、「チュン検」だ。


1枚ずつ、試した結果。


もう、出だしからチュンチュン言う「出チュン」が2枚。

波の音から始まるのでチュンチュン来ないと思わせてからの「リーゲロ」1枚。

鳴き声レスは2枚。さきほどダメ出しを食らった1枚をあわせて6枚も

買ったのに、チュン検をクリアしたのは、なんと2枚だけであった。

1枚が無料だったことを考えれば、もはや「ほぼ全滅」だったわけだ。

そして今回わかったことは、リーリーゲロゲロ言ってるやつは、だいたいチュン

チュン言っている。


ヒーリング音楽というジャンルだが、聴く人によっては聴くに堪えがたいほど、

こんなにもイライラするものなのだ。これはかなり勉強になった。

あと、試聴って超大事、とも。


ちなみに「チュン禁」一発目のCD、正しいタイトルは書かないがサブタイトルは

「人に優しくなれるヒーリングミュージック」。


やはり「んなわけない」ことが立証されて、良かったのかもしれない。

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