第23話 キャンプする人ー②ー

 精六さんは良い夫だ。というニュアンスの話をすると、結構な確率で

「料理も作ってくれるの?」と聞き返される。

お見合いで趣味を訊ねるが如く「ご主人、休日の家事は、なにを?」といった

具合に「良夫度」をリサーチされるのだ。

別にナニをしてくれるから良い夫だと評価しているわけではないのだが。


これは精六さん本人も体験していて、お客さんとの世間話で「精六くんは、家事は

ナニ担当なの?」みたいなことを訊かれるらしい。

そのなかでも「料理をするかどうか」は、本当によく訊かれる。


しいて「担当」で言うならば、私より出社時間が遅い精六さんはゴミ捨て担当だ。

食器洗いは「その時、ヤル気をみせたほう」がする。

どちらもヤル気を見せないときはジャンケン一本勝負。

洗濯は「休みが晴れたほう」、洗濯物たたみは、明日干すことが決定した前日に

二人ですることもある。掃除は「気になったほうがする」ため、大概、私がして

いる。


そんななかで「料理」は、ハッキリ、私が担当だと言える。

精六さんはお米も研がない。

料理に関して彼が動くのは、お湯を沸かしてカップ麺に入れる、トーストを焼く、

だけではないだろうか。冷奴へ生姜をのせるのも、基本、彼はしない。


これには伏線がひとつと、エピソードがひとつある。


まず、精六さんの亡くなったお父さんはお名前も古めかしかったが、考え方も

バリバリ昭和(なんなら明治くらい)で、幼い精六さんがお母さんに話しかけようと

台所に行くと「男がそんなとこに立つもんやない」と怒られたという。

あまりに料理のことを知らなさ過ぎて、「すりごま」は私が一回一回すり鉢で擦った

ものだと思い込んでいたくらいの調理知識だった。

そのおかげで、というべきか「俺が作った方が上手」などというしょうもないマウントを取ってくることは一切ないので非常に助かっている。


その伏線を踏まえて、料理などしたことがなかった精六さんが新婚数日目のある日、

「料理を作ってみよう」と思い立ってくれたことがある。

精六さんはお休みで、19時過ぎに帰宅する私のために、すき焼きを作ってくれ





ようと、した、らしい。




帰宅した私が見たもの。机の上には高級そうなお肉が包まれていたであろう竹の皮。

鍋に目をやると漆黒のつゆのなかで黒く染まりきって波うつ、肉。

その横には卵をくぐらせてどうにかなるレベルではない漆黒の、おそらく麩であろう

個体と、エノキダケ。豆腐は焼き豆腐か、木綿か、絹かも判別が難しい。

そう。一目見ただけで失敗だと判るすき焼きの横で、顔色を失った精六さんが

私の帰りを待っていた。


きけば、お肉屋さんに行って「すき焼きをしたい」と言ったら、何グラムか聞かれたので「ひとりで二人前くらい食うだろう」と予測して四人前を購入。

スマホですき焼きの具材を検索し、ペットボトルに入ったすき焼きのタレを買って

帰ってきたはいいが、手順がわからず母親に電話。

「肉焼いて、タレ入れて、野菜入れるだけやで」とアドバイスされ、

肉を焼いて、、野菜を入れて「こう」なった、と。

まあ、そういうわけだ。


お義母さん、息子さんはね、ホントにわからなかったんですよ。

テキトーアドバイス、ダメ、ゼッタイ。


その一件以来、精六さんのクッキング魂は永久凍土の底に埋め込まれ、今に至って




いた、のだが。




彼はキャンプ熱が高まるにつれ、料理にも興味を示してきたのだ。

自分で熾した火で、焼いて食う熱々の肉。

それを冷たいビールで流し込む・・・最高ちゃう?!なぁ?!、と。

ソロキャンプには興味がないという。妻と行きたいのだ、と熱く語る

精六さんに結局はほだされて、キャンプ道具一式購入にGOを出した。

チープな表現で申し訳ないが「男のロマン」ってやつを論破するのは

野暮というものだろう。


やってみたいことは、やればいいのだ。お互いに。


実際は、焚き火の火ではうまく肉が焼けないこと、外気が冷たいとお湯が

なかなか沸かないこと、手のひらにぬくもりが伝わるようなマグカップだと

数秒で珈琲が冷めてしまうことや、お箸を忘れるとほぼ何もできないこと、

朝に森で聞く小鳥のさえずりは、さえずりなんかではなく着信音音量MAX

並みに大きくてビックリしたことなど、「こんなはずじゃなかった」ことは

数えきれないほどある。


料理に興味を示した精六さんが家でも作るようになったかと言えば、それは無く。

そこは、まあ、想定内であった。


想定外だったことといえば、たしか最初の約束では「暑すぎず寒すぎない気候の

ときだけ」とプレゼンしていたはずが、去年の12月30日に昼までの仕事を

終えて帰ってきたら、車の中にキャンプ道具とありったけの毛布が詰め込まれていて

「行くぞ」とフリーのキャンプ場に連行された。


去年は風も弱く暖冬だったので歯をカチ合わせて過ごすというようなことは

無かったが、どうか、仕事納めの日恒例行事とかじゃありませんように。


※キャンプする人-①-の終わりで、精六さんがいかにしてプレゼンしたかを②で

書くと言ったことで、筆が進まなくなり、結果、ちょっと違う内容になってしまった。

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