第22話 キャンプする人ー①ー

 「キャンプ」というワードだけで、眉間に皺を寄せる人がいる。


私がまさに、そう、であった。


「キャンプをしよう」と言い出す人は、優しくて仲の良い家族のもとに生まれ育って、キャンプもしくはBBQなどを経験した幸せな幼少期、青年期の記憶があって、

基本みんなでワイワイするの大好き!みたいな人たちがする遊びだと思って生きてきた。

もしくは小さい三角テントの横で焚き火をするスナフキン、そのどちらかのイメージだった。


日焼けもしたくない、寒いのはもっとイヤ。

虫も嫌い。普段人の往来の無い場所で生きてる蚊が、この健康そうな血を宿した

ピチピチの私を目の前にして、蚊取り線香くらいで弱るはずが無いのだ。這ってでも

吸いに来るだろう。蚊の餌食になりに行くなんて、冗談じゃない。

私には縁も無ければ、一生興味を持つことも無い世界の話だ


と、本気で思っていた。


だから、精六さんが「キャンプに行こう」と言い出した時は、心底驚いた。


時はコロナ禍第一波。

退院して(第21話参照)少し経ったゴールデンウィークの掛かりだったと思う。


そう言えば最近、キャンプで日本一周している夫婦のYouTubeをよく観ているなとは思っていたが…。


精六さんはYouTubeを観ながら、また同時にスマホを私に見せながら次々と

キャンプのプレゼンをしていく。


カジツは、飯作ってくれるだけでいい。

なんならお湯を沸かしてくれるだげでいい。

いや、もう、何もしなくていい。

そこに座っといてくれたらいい。

日焼けはちょっとはするかも知れんけど、タープ(日よけ屋根みたいなもの)も

立てる。蚊のいる季節には行かへん。

ランタンに寄ってくる小さい虫は蚊取り線香で追い払う。

だから、キャンプ、行こう?


・・・かなり、キャンプがしたい、らしい。


そこで初期投資はいくらなのか訊いてみると、15万円くらいだと言う。


テント、テーブル、椅子、焚き火台、寝袋、寝袋の下に敷くマット、メスティン(アルミの器)、鉄板、その他諸々必要最低限の準備で15万円以上。

ガソリン代もかかるし、行く前には薪も買うし、食材も買う。

比較的安価なコールマンで見積もっていたが、ほかのブランドはその倍額でも

利かないお値段で、まず私のスナフキン発想が消えた。


次に問題は、私たちの休日問題である。

彼は水曜定休。

私は日曜定休。

どちらかが有給休暇を使って旅行に行く、というのはあまり現実的ではない。

あとは年末年始か、ゴールデンウィーク、お盆休みにチャンスがあるが、暑くも寒く

も無いという条件に近いのはゴールデンウィークのみ。

一泊二日にしても移動だけで何時間も掛かっては、テントを立てて、片付けに行く

だけのような日程になってしまう。

年一の遊びに初期投資15万円かぁ…。


精六さんのお金なのだから好きに使ってくれて良いには良いが、彼はほかにも

車の趣味がある。遠征や大会となればひと月分のお給料が簡単に飛んでいく。

夫を信じているものの、生活費や貯蓄を疎かにしてまで遊び道具に投資するのも

いかがなものか。


私はかなり渋った。


そもそもキャンプしたことない人間からすれば、どんなに幸せそうなYouTubeを

観ても「わぁ、楽しそう〜行ってみた~い」とはならない。

雄大な景色を見ながら飲むコーヒーを格別美味しく感じられる舌も持っていないし、

二人で居られれば幸せならば何もキャンプである必要なくなくね?といった具合である。


しかし、頭ごなしにイヤがるのもオトナとして、なによりツマとしてどうなのよと

思い直して、まず擬似キャンプから試すことになった。

つまり近くのBBQ可の河原で卓上コンロを持って行き、湯を沸かしてカップ麺を

食べてみようということになったのだ。


精六さんの野外プレゼンは、如何に。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る